Home

犬のしっぽブログ  Yasushi Kajikawa

  • 2014年7月23日

続)具体性について

具体性に置き換えるプロセスは
特許権の取得方法に関わっている。

原理の発見者でなくとも
特許権はその応用技術という
無数の具体性によって取得できる。

原理の発見者の優先権を
法律的に無化するための
グランチ(=法律家資本主義)の最大の戦略である。

  • 2014年7月22日

表看板

日本の博士号を授与する審査機構は
現代人の生活に必要な基本的なテクノロジーの開発に
どれほど貢献しているのだろうか。

初期の船や航空機と自動車
そしてパソコンは
すべて大学の外で開発されている。

ライト兄弟は
自転車屋を経営しながら機体の開発を続け
エンジン付きの有人飛行に世界で初めて成功している。

そのパイオニアたちが
博士号の取得に専念した歴史は存在しない。

大学の博士号の審査機構がこの真実の歴史を隠蔽するために
科学者の生活を破壊しない配慮を持ち出しているならば
科学や学問の自由を追求する場などは表看板にすぎない。

彼らの行為はまったく黄昏れている。

  • 2014年7月22日

具体性について

具体性に置き換える認識上の誤謬は
グランチが意図的に引き起こしている。

武器製造のテクノロジーの歴史では
圧倒的に理系学生の青田買いは
教育的効果の一つとして公認されてきた。

具体性に置き換える認識とその教育は
個々人に小さな権力構造と専門分化の加速とを
手っ取り早く再現する習慣に過ぎない。

具体性に置き換えるプロセスでは
メタフィジックスへの認識が
ほとんど生成されないばかりか
観察行為が不在になるように
試験を前提にした学習などによって
情報が予めパッケージされるのである。

そして、未知なる存在への探査方法の情報は
このパッケージには含まれていない。

未知なる存在への探査こそ
具体性に置き換える認識方法を
破壊するシナジェティクスの起源である。

シナジェティクスは存在のすべてを扱うのである。

  • 2014年7月21日

2つの虹(RainbowとMoonbow)

夕暮れ時の雷雨が引き起した虹の後は
梅雨が明ける。

プリズムでは内部での屈折は2回だけど
虹は球体内部に入る時と外部に出るときの
2回の屈折だけはなく
内部反射が複数回ある。
内部反射の回数を重ねると光の強度はより劣化する。

水滴の半径がほどよく小さい場合
赤から紫までの虹の幅が広いスペクトルが現れる。
もっとも美しい幅の広い虹の内部反射は
最大2回程度で生成しているだろう。

観察者が地上にいるかぎり
虹はつねに半円型のアーチである。

Rainbowは<雨の弓>ではなく
空気中の不連続な水滴による
太陽光の屈折と反射の集積なのである。

太陽があるかぎり、虹の見えない場所はない。
十分な光を放つ満月の時に
月光による月虹(Moonbow)を見ることができるが
星空のなかで月虹の見える場所は
地球上では限られている。

  • 2014年7月20日

続)テンセグリティのユーザ

有用さ(=utility)は
目的ではなく、人間の知性の変遷過程なのだ。

メタフィジックスなくして
宇宙の知性を真の有用さに変換できない。

太陽系から細胞まで
すべての構造はテンセグリティである。

無生物にも有機体生命にも、
テンセグリティのユーザの境界線はなかったのである。

  • 2014年7月19日

テンセグリティのユーザ

テンセグリティを知り
テンセグリティモデルを学ぶと
テクノロジーへの応用を考えるはじめる人がいる。
例えば、ロボットや構造物などへ。

あるいは人体の骨格と筋肉の関係を
テンセグリティ構造に置換する人がいる。

理解するために
抽象性を具体性に変換できる知性を優位にしたいだけである。

これらはすべて具体性に置き換えて有用性(=utility)を引き出す
頭脳の条件反射なのだ。

テンセグリティは、それ自体が
張力と圧縮力との相補的な原理を応用した
テクノロジーである。

人間がテクノロジーを独自に考え出すことなどないのだ。

  • 2014年7月18日

シナジェティクスの方法

バックミンスター・フラーの
シナジェティクスにはいくつかの間違いが存在する。

他人とは違う新しい事を探究する過程で
他人の間違いを指摘するのも科学論文に成り得る。

しかし、それらの論文が
シナジェティクスを前進させたことはない。

シナジェティクスは
シナジェティクスを探究する過程で
先行する概念をより包括するシナジェティクスを生成する。

包括する行為は
陳腐化する行為から生まれない。

包括的理解は
自らの経験を秩序化するプロセスを含む。

シナジェティクスは
シナジェティクスをより包括する方法を発見する。

その発見には、Webに公開されたバックミンスター・フラーの
テキストとビデオ講義で十分だ。

  • 2014年7月17日

シナジェティクスについて

シナジェティクスの概念を複製する行為から
シナジェティクスを探求する動機は生まれない。

シナジェティクスは未知から始まる。

  • 2014年7月16日

概念

可視性は
局所的で一時的である。
すべての視界には限界がある。

概念(conceptuality)は
可視性または不可視性から
独立した何かである。

概念は
視界、つまり距離や解像度を超越できる。

  • 2014年7月15日

『コズモグラフィー』

真実をのぞき込む時
深淵に引きづり込まれるように
モデル言語を発見する時
シナジェティクスとデザインサイエンスの
絶えざる相互作用に魅了されるのだ。

『コズモグラフィー』バックミンスター・フラー 著
梶川泰司 訳(白揚社 2007)は
その動的な過程が記述された最初の書物である。

  • 2014年7月14日

未知なる構造とパターン

梅雨の満月は
大気中の水分のために
すこし大きく見える。

雲間を素速く移動する満月はとても幻想的だ。

洞窟からみる満月から
テンセグリティ内部からみる満月まで
350万年以上も経過しなければならなかった。

真に未知なる構造とパターンは
複数の人が同時に再現できない。

  • 2014年7月13日

動的な静寂

自然の非物質化のテクノロジーを
再現する時には
張力とその調整が深く関わっている。

テンセグリティシェルター内部での
瞑想はもっとも静寂と共鳴しやすい。

動的な静寂さは
自律しているシステムの共鳴方法である。

テンセグリティは
大地と社会に依存しない自律空間を生成する。

  • 2014年7月12日

個人的

産業革命以後、人々の瞑想は
個人的な未来の夢やビジョンに置き換わった。

学校や会社で
その幻想を追跡する自由と習慣を
日々刷り込まれた結果、
主観的で個人的な目的を最優先する人生を夢見ている。

主観的で個人的な目的を
超越した存在を除外したまま。

  • 2014年7月11日

土石木流

<山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石等が
水と一体となって流下する自然現象>と定義されている。

しかし、山腹が崩壊するのは
広大な人工的杉林によって保水性が欠乏したためだ。

したがって、ほとんどの土石流は自然現象ではない。

土石流の映像には
無数の無残な杉が土石と折り重なって流されている。

もはや<土石>流ではなく、<土石木>流である。

  • 2014年7月11日

続)瞑想

私は1995年から平均5時間しか睡眠しない。

シナジェティクス・モデリングで
毎朝平均2時間、瞑想する。

この瞑想なくして
客観的で予測的なデザインサイエンスは
実践できなかっだろう。

  • 2014年7月10日

続2)雑用性(general)

われわれはエコロジーから
まだ自然の雑用性を発見していない。

あらゆる用途開発(ユーティリティ=有用性)は
分類できない雑用性から生まれる。

有用性が無為自然に包括されているからだろう。

  • 2014年7月10日

瞑想

私がこれまでした瞑想は
シナジェティクス・モデリングだけだ。

この瞑想方法に、学校も師も要らない。

シナジェティクス・モデリングは
自然の純粋なデフォルトを露わにする
ティーティングマシーンの働きに気づいてから。

  • 2014年7月 9日

戦略

攻撃型か、守備型か
個人力主導型か、組織力主導型か
専門分化した戦略は時代遅れになっている。

攻撃は個人能力で守備構築がうまい監督さえも。

部分から推測不可能な全体は
部分的な破壊から崩壊しないシステムである。

戦略とは変化する相互関係の動的均衡にある。

真のシステムは
時間と空間に対して
すべての要素が互いに相補的に統合されている。

  • 2014年7月 9日

思考と方法

思考は経験によって
純粋になるわけではない。

思考は実験によって
陳腐化できるわけではない。

思考は
新しい関係を自ら発見する方法には成り得ない。

思考方法が外部からの刷り込みであるかぎり
方法を求める人は、決して内部を発見することはできない。

  • 2014年7月 8日

続)雑用性(general)

あらゆるタイプの雑用をこなせるこどもは
非常に高い知性を備えている。

学力を優先的により高く教育されたこどもは
この知性が著しく欠乏してしまう。

そして、雑用を忌み嫌う
鈍感な大人になるのだ。

  • 2014年7月 7日

雑用性(general)

雑用は
雑草のように
たいてい価値を認められないから
名前が付けられなかった。

社会構造では
名前のない存在は非存在に近い。
しかし、自然は雑用という専門分化したカテゴリーを形成しなかった。

もっとも雑多(general)に見える機能は
統合性が生成する。

有用性が欠乏して見える
雑用性(general)こそ包括性から生まれる。

  • 2014年7月 6日

続2)構造とパターン

建築コード(building code)は
権力構造(power structure)に属する。

権力構造のコードはまだ公開されていない。

権力構造が自らの破壊実験を禁止しているから。

  • 2014年7月 5日

続)構造とパターン

テンセグリティには
まだ建築コード(building code)は存在しない。

基礎の不要な自律的な構造とパターンに
建築コード(building code)は不要だ。

建築コード(building code)は
大地に依存した固体的世界観から形成されている。

  • 2014年7月 4日

構造とパターン

<構造とパターン>は
つねに単独者が発見してきた。

そして、彼が発見した<構造とパターン>を
原寸大で最初の構造実験をする場合
誰の許可も不要だ。

構造実験がなければ
構造家は構造計算を検証できない。
(ほとんどの構造家は建築コードのユーザである。)

<構造とパターン>はシナジェティクスに属するが
構造実験はデザインサイエンスに属する。

  • 2014年7月 3日

続)単独者

しばしば、単独者の経験のない科学者が
論文のレフリーになりたがっている。

  • 2014年7月 3日

単独者

誰も記憶していない経験は
非存在であり、
結果的に実在していないと見なされるように、

誰も追試できない理論も
非存在であり、科学的でないにしても
科学者は前例のない概念から始める時
単独者になる自由がある。

そして最初に追試できるチャンスは
つねに単独者にある。

つまり、単独者の経験のない科学者の論文は
追試の必要もないだろう。

  • 2014年7月 2日

密室

アメリカ合衆国は
ベトナム戦争の反対運動を
集団的自衛権によって制圧してきたのである。

集団的自衛権は
内部からの批判を<攻撃>と見なして適用可能である。

集団的自衛権を確立する権限までも
内閣に委任しているわけではないから
彼らは集団的自衛権を確立する過程で
<密室>で必死に協議しているのである。

<密室>こそ民主主義への攻撃である。

  • 2014年7月 2日

翻訳

知識は自らを幾何学的に組織化する。
それがモデルである。

未知なる知識を生成する機能さえも組織化した
シナジェティクスモデルは
モデル言語を翻訳する。

観察者の気づきから
古い知識を終わらせることができる。

  • 2014年7月 1日

integrity

表現行為によって
無意識は作り出せない。
取り戻すことしかできない。

発見によって
デフォルトは取り戻せない。

デフォルト以外を否定する
知性の存在(integrity)を理解できる。

  • 2014年6月30日

ジレンマ

効果的な解決方法は
実際の問題から生まれる。

しかし、実際は問題よりも
その解決方法の方が少ないから
問題を減らすには
問題を発見し、増やさなければならない。

  • 2014年6月30日

ブーメラン

"Man knows so much and does so little. " RBF

これは彼の忠告だろうか。
 
否、天才たちの仕事を伝記のように
尊敬ばかりしている主観的傍観者に
容赦なく飛来するメタフィジクスのブーメランだ。

  • 2014年6月29日

物質の遅延

思考から望ましくない余波が生成され
行為から予期しない副産物が生成され
問題解決の方法はついにやってくる。
------風が吹く前に。

思考の副作用(side effect)は
主観的であり
行為の副作用(プリセッション)は
客観的である。

物質化は思考よりも遅れてやってくる。

デザインサイエンスは
遅延反応物質の過程にある。

  • 2014年6月28日

副産物

梅雨の季節は
スタジオでずっと仕事をすることになる。

問題は減らなかった。
梅雨の雑草の成長速度が加速するように。

夕暮れが終わる頃から
遠くまで拡がる単調な空を見ながら
酒を酌む。

夏が来るまでは
問題は減るよりも増えだろう。
問題がすべて思考の副産物だとしたら。

  • 2014年6月27日

続)自己愛

発見される相互の関係を
積算ではなく、つねに統合する行為によって
自己愛が優先するシステムへの依存度を知ることができる。

自己愛が優先する社会は絶えず偶像を作り出す。
自分を外から見る経験よりも
内部から見る世界だけを存続させるために。

  • 2014年6月26日

自己愛

自分を信じて最善を尽くす。
そして、奇蹟を祈る。
これは自己のテクノロジーではない。

自分の力を外から見ない限り
自己愛が招く
終止符のない混乱と矛盾のゲームだ。

  • 2014年6月25日

消費税

人間は日々20キロの空気を呼吸する。
その中から2.6キロの酸素を取り入れている。

一日の水の消費には課税されてきた。
国家はやがて酸素の消費行為にも課税するだろう。

消費税はつねに軍費調達のために始められている。

  • 2014年6月24日

願望

何かになる願望から理解するかぎり
<存在>は知ることからは到達できない。

知識が願望のために記号化されるよりも
願望自体がすでに記号化されるからだ。

  • 2014年6月23日

気休め

<クリティカル・パス>の過程を学ぶ機会が
現在のカリキュラムにほとんど存在していないのは
学習過程のすべての試験が
幻想上の基礎を抱かせるための
短命な知識だけではなく
概念の牢獄に繋ぎ止める手段になっているからだ。

良い成績は虚しい競争を勝ち抜いた
気休めの報酬として与えられる。

知識の破壊なくして理解は生じないにしても
その勝者を気取った学生たちに
シナジェティクスやデザインサイエンスを教えるほど
虚しい破壊行為はない。

  • 2014年6月22日

基礎

古い生き方は
古い学習システムと折り合いをつけたがる。

社会の基礎に対する概念は
<理解する>ことへの最初の墓穴である。

基礎を必要としない自由は
古い生き方を捨て去ることである。

  • 2014年6月22日

基礎のない自由

いかなる種類の静的な安定を
ことごとく排除するシステムに到達している
テンセグリティは自由である。

そのシステムは自然の形態の観察からは発見されなかった。
そして、数学的な探査からも想像できなかった。

テンセグリティは
支配によって獲得する外部の<自由>から遊離して
自律的な<自由(アナーキー)>を具現化している。

けっして孤立しないテンセグリティは
基礎という大地から完全に自律するために
つねに振動によってより旋律的になる。

基礎が固体幻想に支えられていればいるほど
基礎のない自由は拡張する。

  • 2014年6月21日

単純さと単純化

相手の想像力を超えるための想像力は
より技巧的で複雑になる。

自然の想像力を超えた単純化は
発見されるのみである。

単純化のプロセスで発見される
単純さはつねに静的ではない。

人間の想像力で所有できないように。

  • 2014年6月20日

元素の相対的な存在比

人間の宇宙に対する化学元素の相対的な存在比は
同じパターンになるようにデザインされている。

その統合したパターンを見ることができる人間という有機体は
宇宙でもっとも複雑で局所的なテクノロジーの集合体である。

  • 2014年6月19日

思考の音

自分の思考を声にするよりも
自分の意見を文字で読むようになり
自分の声をほとんど聞かなくなった。

思考は
非旋律的な
無音(ミュート)になりつつある。

  • 2014年6月18日

シナジェティクス

間違って理解しない限り
未だ理解していない可能性を配慮しない、
という自己との対話方法によって
モデル言語は漸次的に形成される。

シナジェティクスをより深くより単純に学ぶと
結果的にシナジェティクスモデルが
何度も作成されるだろう。

私はテンセグリティモデルを
すくなくとも100回以上は作成している。

バックミンスター・フラーが理解していない可能性を配慮しないまま。

その中のテンセグリティモデルには
1995年に制作した直径11mで
折り畳むことができるテンセグリティシェルターがある。

その後多くの研究者がこの構造システムのメカニズムを
複製したが、まだ誰も<生活器>にはしていない。

  • 2014年6月18日

井戸端(well)

努力する人は未来を語り、怠ける人は過去を語る。
どちらも今を生きているわけではない。

井戸端で水くみや洗濯などをしながらではなく
日々の稼ぐ仕事の傍らで
ただ語っているだけである。

21世紀の井戸端は至る処に湧き出ているから
かなりの物知り(=a well of information)になっているが
その井戸はどこからでも覗き込まれている。

  • 2014年6月17日

知性

自分の経験よりも他人の経験を利用する
特殊な知性で生きていけるが
他人のためにその知性はほとんど使われない。

  • 2014年6月17日

共進化(Co-evolution)

裏庭は森へと続く最初の入口(=背戸)かもしれないが
地下30キロメートルの地殻にまで生存する
微生物圏のサブシステムの出口を構成している。
--------バイオマスの相対比からみれば。

微生物が作り出した膨大な油田と
21世紀にまで存続する石油資本との関係は
地下に長期に埋蔵されたバイオ系エネルギーによる
内燃機関を開発し続ける
一時的で特殊な共進化(Co-evolution)である。

ハイブリッドカーでさえまだ微生物圏のサブシステムである。

  • 2014年6月16日

国家と個人

部分の集合が全体を形成するにしたがって
全体のために部分を犠牲にする全体が容認される場合
全体は推測可能である。

部分からは推測できない全体のために
機能しているシステムでは
部分の欠損が発生しても
全体のシステムに致命的な状態を形成しない。

それは、全体のために部分をより犠牲にしないことではない。

全体が部分よりも重要ではなくなるからではなく
より重要な部分が形成されない全体が形成できるからである。

  • 2014年6月15日

親しさ

親しみのない存在は
不自然に感じるから
自然に精通すると
無遠慮な関係までも
エコロジーに含むようになる。

なれなれしさは
身勝手な愛撫でしかない。

自然を裏庭のように
親しい存在にしたいだけなのだ。

  • 2014年6月14日

サイズの基準

Tシャツの季節がやってきた。

私のサイズは日本で買うとLLだが
アメリカではMになり
オランダではSになる。

Tシャツの標準はまだ局所的である。

Tシャツの標準は平均身長ではなく
ハンバーガーの大きさのように
胃袋の大きさに準拠している。

  • 2014年6月13日

共鳴型テンセグリティ

共鳴型テンセグリティは絶えず動いている。
テンセグリティは、複雑に素早く変化する動的に均衡を振動に変換し
あらゆる瞬間に新鮮な調和を形成する過程を視覚化するモデルである。

このテンセグリティモデルに最初に出会ったとき、
そこには条件付けられ固定化された思考形態と、
決して静止することがない無生物のメカニズムとの間に
絶え間ない混乱がおこる。

しかし、この混乱が既成の思考パターンから
抜け出す葛藤に変化するとは限らない。

テンセグリティの一つの張力材が破断すると
全体が連動して破断する思考形態を
疑うことができないまま
絶えず動く無生物に対する怖れが拭い去れないのである。

絶えず動く構造システムが
生存空間には不適切だと判断するには
不動産という概念の牢獄が
数千年間も持続しなければならない。

  • 2014年6月12日

浮力について

建物を支える杭が地中の固い地盤に達していないために
建物が傾く事故が報道されている。

建築技術は固い岩盤がなければ、
建物は船が傾くように傾くことを前提にした技術であるが
建築技術はあきらかに建造物全体の重量の限界に基づいていない。

物体が受ける浮力は、その物体と同じ体積の流体に作用する重力に等しい。
言い換えると、船の浮力は船体が水を押しのけた
体積分の水の全質量に等しいならば
高層ビルの浮力はその基礎部が押しのけた
大地の全質量に等しいのである。

すべての建物は浮力に応じて
沈むか、浮遊しているからこそ
固い岩盤に依存した状態でのみ不動なのである。

固い岩盤に一時的に係留された建造物は
法律上でのみ動かぬ不動産なのである。

科学的に岩盤(plate)は岩石圏(lithosphere)であり
地球表面で弾性体として機能している。
すべての固い岩盤(plate)は、大陸とともに移動している。

古い概念に固執するほど危険な行為はない。

  • 2014年6月11日

虚報大国

「吉田昌郎元所長の調書については、
本人が上申書で非開示を求めていることから、
これまで通り開示しない」朝日新聞

未来よりも過去の事実を変える人々が
議会制民主主義とメディアを支配しているかぎり
こんな情報は当てにならない。

非独立国家の最初の原発は日本の税金で研究開発し
その後民間企業に譲渡されたのである。

  • 2014年6月11日

カボチャ

カボチャはいまがもっとも栽培しやすい。
梅雨の中での種まきが一番発芽率が高い。
雑草の中に植えても成長が早く
ついに雑草を大きな葉の陰で覆うほどになり
地表の温度上昇を確実に防ぎ
菜園場の乾燥を防ぐことができる。

コンポストに廃棄したカボチャのこぼれ種から収穫されるカボチャは
夏には一番はやく綺麗な花を咲かせるだろう。
その花はとても短命だから、ミツバチの受粉はもう一つの楽しみである。

日よけ用のカボチャの栽培はゴーヤよりも簡単だ。
この季節ならスーパーのメキシコ産のカボチャの種からも
確実に生育できるのでカボチャの苗を買う必要はない。

カボチャのこうした強健な性質から
もっとも簡単に無農薬栽培ができる。

南瓜は中国名であるが、彼らが熱帯地方で栽培化された種とは限らない。
収穫後の保存中にもっとも糖分の高くなる伯爵カボチャの原種は
冷涼なアンデス山脈だから
ここのスタジオの傍らの気楽な栽培には適している。
今年が冷夏なら尚更だ。

  • 2014年6月10日

形態(form)vs モデル(model)

観察から再現しないシナジェティクスモデルは
自己中心的な観察者には好都合なのである。

彼らはフィジカルな形態(form)に追われて
モデル言語を理解するメタフィジックスと
無関係にできる日々を過ごしている。

こうした形態のコレクションから始める探究は
逃避の擬態にすぎない。

この擬態の目的は
自己への観察をつねに誤認させることである。

  • 2014年6月 9日

思考力

テレビや新聞はいい加減どころか
人々を騙しているから
テレビも新聞も見ない人々は
真実を知るためにインターネットを見る。

この思考パターンはまだ疑われていなから
新たな嘘を信じ込ませる人々よりも
信じ込む人々が多い場合でさえ
新たな<現実>を形成できるのである。

凡庸な順応のパターンの学習に追われ
凡庸な思考力が生まれる。

真実を知るために他者の思考に依存する習慣は
まだ疑われていない。

つまり、凡庸な思考力は
偽善と冷酷さを生むために不可欠なのだ。

  • 2014年6月 8日

共鳴型テンセグリティ

共鳴型テンセグリティは絶えず動いている。
テンセグリティは、
自重や外力を受けると複雑に変化する不均衡を素早く動的に変換し
あらゆる瞬間の新鮮な調和を形成する過程を
連続的に視覚化していくモデルである。

破壊から逃れるもっとも効果的な方法は
パッシブな外力分散である。

それゆえに、このテンセグリティモデルに最初に出会ったとき、
条件付けられ固定化された思考形態と
決して静止することがない無生物の自律的メカニズムとの間に
絶え間ない混乱がおこるのである。

しかし、この混乱が既成の思考パターンから
抜け出す葛藤に変化するとは限らない。

テンセグリティの一つの張力材が破断すると
全体が連動して瞬時に破断する思考形態を
疑うことができないまま
この絶えず動く無生物に対する怖れに支配されてしまうのである。

絶えず動いている構造が
生存空間には不適切だと判断させる
不動産という法律概念が
数千年間におよぶ概念の牢獄を形成している。

テンセグリティを美的範疇に押しとどめる努力も
その現れにちがいない。

  • 2014年6月 7日

メタフィジックス

誰もシナジェティクスモデルを発明できない。
それは発見されてきた。

より自律的な思考や感情から誘導される
自然に潜む絶えざる開示なのである。

シナジェティクスモデルを発見する方法など存在しないが
その開示されたメタフィジックスは
人々を夢中にさせる独創性として誤解されている。

  • 2014年6月 6日

特許的独占のための独裁

STAP細胞は存在するからこそ
理研はネイチャーの論文提出よりも
特許出願を先行させてきた。

研究者の論文を取り下げさせても
特許出願を取り下げていないのは
理研がすべてのSTAP細胞特許の特許出願人であるからである。

STAP細胞に関しては製造方法の発明よりも
その概念の発見の方が科学史的に重要視されるにちがいない。

STAP細胞の製造方法を特許的に独占して
関わった複数の発明者ではなく
その第1発見者を理研から解雇するために
論文を意図的に不正に提出させ
論文の掲載後に匿名でインターネット経由でその不正を暴露し
その発見者を研究所内の法律で陥れるすべての関係者の時間エネルギーは
税金で賄われてきたのである。

少なくとも、理研は概念の発見者の名誉と事実を
自動消滅させる企ては成功しているように見える。

それほどの傲慢さと犯罪行為を維持できる社会構造を
批判しない人々は、内部であろうと外部であろうと
もはや科学者ではないだろう。

小さな独裁者の集団性は
メディアのヒステリックな排他性と共鳴しやすいのである。

  • 2014年6月 5日

文節化(articulation)と専門分化(specialization)

社会構造はイデオロギーに関わらず
まだ互いに分離され専門分化したままだ。

専門分化によって
理系や文系といった鏡像性を否定できないように
政治構造は左派と右派に分離される。

より専門化されればされるほど
より重要な情報を所有する。

支配という意図があるかぎり
思考は特殊化のために分割され続ける。

そして、専門分化によって
分化すればするほど相互の相補性は失われる。

テンセグリティ構造においては
分離された圧縮力と張力は
互いに非鏡像的で相補的な関係に置き換わる。

純粋な構造には
優劣が存在しないばかりか
より重要な部分さえ存在しない。

より重要な部分とは
すべての専門分化過程に於ける
幻影化された目的なのである。

  • 2014年6月 4日

既製品

可能なかぎり既製品を使うと
自分でコントロールできないことを既製品に代用させ
自分でコントロールできることを
増やせるようになる。

バイオスフィアで入手できるすべての元素は
初期の既製品である。
人間が核分裂をさせない限り、それらの既製品は増えも減りもしない。

それ以外の既製品は
自然が許容したアブストラクトである。

その機能は重さもなくつねに増加するだけである。

すべての産業化はこの神秘的な抽象性に支えられている。

  • 2014年6月 3日

実践

デザインサイエンスを実践と切り離した
シナジェティクスモデルの限りない再現は
他人の思考方法を投影した3Dオブジェに過ぎない。

半世紀間を超えたバックミンスター・フラーによる
シナジェティクスの膨大な試行錯誤から選んだ
理解可能な複製から何も学ぶことはできない。

表面材のないジオデシック構造や
ゴム紐や釣り糸のテンセグリティモデルなどは
まったく無意味なのだ。

シナジェティクスを学ぶことは
行為とメタフィジックスを分離させることではない。

自然は、主観的に、美的に実行しない。
シナジェティクスとデザインサイエンスは
相補的な行為なのである。

---------原子核における電子と陽子のように

Index of all entries

Home

検索
RSS

Return to page top