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犬のしっぽブログ  Yasushi Kajikawa

  • 2014年8月21日

環境デザイン

実践によって環境をデザインできる。
しかし、環境を支配できないのは
人間は環境の一部でしかなく、
どの部分からも全体から見通すことすらできないからではなく、
「環境とは、自己を除くすべて (R.B.Fuller)」だからである。

そして「宇宙とは、自分を含むすべて (R.B.Fuller)」であり、
自己を除外して全体は存在しないからである。

環境デザイン理論は、洞察の一形式であり
ダーウィンから始まった生態学的思考形式の一つのタイプでしかない。

環境の部分も全体も
自己を除いて互いに繋がっているにすぎない。

こうして、科学的行為に自己を除いて
投影された理論を求めている人々を
知的だと考える習慣がまだ生き残っている。

  • 2014年8月20日

教育プログラム

教育者の人格は
教育プログラム以上に重要だと思われているが
教育者が人間を超越した存在にこどもを導くかどうかは
純粋な教育プログラムである。

メタフィジックスなき教育から
環境というフィジックスは生まれない。

  • 2014年8月19日

ハイエンドユーザ

テクノロジーの超専門家になろうとする若者たちは
原理の発見者とその概念化に失敗しても
たいていそば屋かうどん屋で生活できるとは考えていない。

だからこそ、才能が開花しない場合
権力構造と権力テクノロジーの虜にされる。

動機なき超専門家を試行する人間に
思考言語(thinktionary)の形成は困難である。

彼らが記号テクノロジーの
ハイエンドユーザであるかぎり
動機なき超専門家を教育するシステムは存続する。

  • 2014年8月18日

科学論文

科学論文投稿までには
「1. 着想・企画、2. 実験の実施、3. データの解析と図表の作成、
4. 論文の文章の書き上げの4段階」があるらしい。

科学的発見の過程に
科学論文の記述方法の天才性などは介在しない。

なぜなら、科学は<着想>から始まるのでなく
<発見>から始まるからである。

優れた<着想>を作り上げるための科学論文の記述方法の天才性などは
専門分化に従事する専門家たちの自惚れである。

原理の発見者とその概念化におけるパイオニアは、
しばしば、論文のレフリーや熱狂的な投稿者とは無縁な生活をしている。

シナジェティクスは学会を形成しない純粋科学における
探究方法を開発してきた。

  • 2014年8月17日

生息地(=habitat)

エアコンや冷蔵庫、そして携帯電話などの省エネには関心があるが
大多数の住居の空力抵抗や奪われる熱エネルギーを軽減するデザインには
人々はまだ無関心である。

切り取られた大地を所有して
固定され静止したままで再び所有される不動産で
富を増大させる土地資本主義を
最優先してきたからだ。

自然の富の形成方法は
個人の富を増やす手段とは
とは無関係である。

生息地や住居環境(=habitat)を
自らこしらえる時間と技術を他者に依存するのは
哺乳類では人類だけだ。

グランチの最初の生息地は
行き過ぎたこの専門分化を維持できる場所だったのである。

  • 2014年8月16日

アブラコウモリ(Pipistrellus abramus)

この季節の油蝙蝠は
19時30分に外出し、4時30分に空から帰宅する。

私が仕事する時間は、
コウモリと完全に反対称的である。

一回の飛行で餌となるカやガ、 ハエ、ユスリカなどの
小型の昆虫を体重の半分近くの3グラム程度食べるらしい。

低速で飛行するわりには彼らの捕獲が困難なのは
自在に角度変化できる主翼の手と共に
コウモリの長いしなやかな三角形上のしっぽに
優れた尾翼の機能があるにちがいない。

コウモリの全長はこの折りたたみ可能な
尾翼のために極めて測定しにくい。

飛行中の撥水性を帯びるために
油を塗ったような体表の触感が彼らの名称である。

空中や水中を移動しながら捕食する
生命体は移動エネルギーを確保する以上に
生存のためのエネルギーを保存するために
空気や水の抵抗を軽減する形態をデザインしている。

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  • 2014年8月15日

告白(profess)

プロフェッサー(professor)とは
信仰の告白者へのレッテルであった。

さもなくば、眼鏡をかけた賭博師か
酒場のピアニストであった。

20世紀のプロフェッショナルとは
知識を商売にする人々である。

その語源は
自己を偽って称して生きる者たちへの
揶揄であった。

シナジェティクスに教授は不要だ。
自己と宇宙の無数の動的な関係に
人格は介在しない。

  • 2014年8月14日

計算法

数学の種々の計算法のいくつかは
いわば人間の虚勢ゲームとして登場した可能性がある。

グランチには
その盲目的な人間の虚勢方法を
独占する価値があったのである。

学生の数学の才能のほとんどは
その計算方法に適応する能力として
認識されている。

シナジェティクスは
自然に内在する数学システムを発見するのみである。

  • 2014年8月13日

否定のシナリオ

政治家の口から出る「はい」は
肯定ではない。

否定の否定のための
シナリオにしたがった否定的プロセスである。

二重否定は、退廃した植民地の民主主義だ。

  • 2014年8月12日

気象兵器

自然の作用を意図的に操作によって
地球または宇宙空間の構造と組成パターン、そして運動に
変更を加える気象兵器のテクノロジーが
どれほど意図的に予測的に環境を改変しようとも
自然や人間に損失を与えるかぎり
恐怖から生じる無知であることには変わりない。

自然に異常気象はない。

あるのは、加速する気象兵器のテクノロジーと
気象兵器の存在を無視した気象統計学と
超専門分化した予測能力の不足だけである。

自然に人工気象は存在しない。

あるのは、テクノロジーを作り出せると思い込んでいる
人間の思い上がりだけである。

気象兵器をデザインできても
バンアレン帯を人間がデザインしたわけはない。

「環境とは自己以外のすべて、宇宙とは自己を含むすべて」 R.B.F

  • 2014年8月10日

預金システム

必要な時に必要とする人が使えるように
安全で信頼できる
預金システムは
技術的にはすでに可能だ。

しかし、世界中の銀行システムは
預金者が預金した瞬間から
だれも追跡できないように
どこかへ消えてしまうだけではなく
意図的に使用できなくさせる
基本的には奪う側のシステムである。

  • 2014年8月10日

概念

気づけば気づくほどまた疑いたくなる。
疑いによって、自己は変わらない。

経験すればするほど
知識はなにも変えないことに気づく。

しかし、概念を破壊しないかぎり
経験も自己も変わらない。

概念を破壊すれば
自然にもっと学びたくなる。

  • 2014年8月 9日

空気

経済的な自由のために
いたる所で見えない鎖と金利に繋がれていることを
人々が学ぼうとしない空気を作り出している。

戦争機械を動かすには
絶えずこの空気が必要なのだ。

  • 2014年8月 8日

生活

生活費を稼ぐ仕事によって
愛することを忘れてしまうのである。

それは好都合な逃避なのである。

しかし、死は愛よりもすべての逃避を否定する。

  • 2014年8月 7日

宇宙はテクノロジーである

原爆の日にヒロシマにいる。

「バックミンスター・フラーの1927年の認識(メタフィジクス)は
エコロジーを有限なバイオスフィアにだけ求めるテクノロジーと対立してきた。

産業社会が生き残りをかけたテクノロジーは
92種類の再生的な化学元素を発明したわけでも
あらゆる生命を維持するこの惑星を発明したわけでもない。

人間がどんな生命にも容認される方法で
基本的な環境の変化に適切に意識的に関与できるテクノロジーは
つねに発見されてきた。」

このテキストは『宇宙エコロジー』が出版された2004年に、
私が本の帯に書いたものである。

惑星地球用の局所的エコロジーは、二酸化炭素を増加させない
原子力エネルギーを容認してきたばかりか
軍拡を制御することはできなかったのである。

  • 2014年8月 6日

空虚

経験には
他人の知識が含まれる。
そして、噂話や会議や儀式までも。

こうして経験は次第に
空虚で満たされていくのではなく
空虚から逃避する方法を巧妙に蓄積しているのである。

死は儀式によって
無からさえも逃避していくのである。

  • 2014年8月 5日

残像(after image)

遅延は
生命現象のすべてに横たわる
逸脱現象である。

遅延とは
認識できない<無>との間隔である。

人間はチンパンジーよりも
はるかに長い間隔を持っている。

人間が認識するためには
曖昧な残像を待たなければならない。

そして、その残像を言語に変換する。

  • 2014年8月 4日

知性

アナログかデジタルかを比較する知性は
経験か知識かを比較するよりも
未熟な知性である。

しかし、包括的理解には
アナログかデジタルも
そして、経験も知識も局所的すぎる。

  • 2014年8月 3日

視覚

テンセグリティ構造に至っては
触覚から思考する意味は
ほとんどないのである。

圧縮力と張力の相互関係は
部分的な触覚情報からは
理解不能である。

さらに、シナジー作用は
視覚情報からも理解は困難である。

それはすばらしいことではないだろうか。

  • 2014年8月 2日

触覚

生きるための重要な判断は
触覚に委ねられている。
直接モノに触れる感覚器からの情報に依存している。

モノに触ることから
思案しはじめる傾向が生まれる。

そして価値を判断するために
どんなモノ(自動車やパソコン、そして不動産など)に対しても
手で触れるという無意識の行為を引き起こしている

にもかかわらず
触覚に依存した判断結果は
信頼するに乏しい。

  • 2014年8月 1日

客観的

理解とは
客観的な完全性である。

現金がなければ
現実化できないと考えるのは
主観的である。

  • 2014年7月31日

プラトン哲学

モデル言語は
ある対象について観察者のそれぞれ異なった理解を
組み立てるような方法で学習する
構成主義的自己教育からは
誘導されないようにデザインされている。

例えば多面体をどれほど対象化しても
ベクトル平衡体は発見されなかった。

正多面体(Platonic Solids)が引きずる固体的概念を破壊するには
ギリシア時代のプラトン哲学から
25世紀も経過しなければならなかった。

多面体は固体的な概念から再構成された
静的な対称性を形態化したにすぎない。

事物ではなく
自然の先験性を再現したシナジェティクス・モデリングを
ありのままに観察することによって
言語は非常に鋭敏になる。

モデル言語を生成するシナジェティクス・モデルは
先験的な概念の宝庫である。

  • 2014年7月30日

神秘

科学にとって
神秘は神秘学の対象ではなく
科学者になる経験に基づいた最初の動機である。

しかし、その動機の有無は
科学論文の書き方からは除外される。

  • 2014年7月29日

手の機能

コウモリの飛行能力は
手の骨格と手の筋肉と皮膚が進化した結果である。

手の指の間の領域が
鳥の水かきから水力を形成するように
揚力を生成する膜面を形成しているからこそ
空中で自在な方向転換ができるばかりか
その大きな手を閉じて(あるいは翼を折り畳んで)
後足だけで逆さにぶら下がることができる。

彼らは夜間の空中を高速で機敏に移動するために
光学的な視力と後足の筋力を失ったのである。

人間の視覚と小さな手は
<思考する精密機械>として機能している。

とりわけ、シナジェティクス・モデリングにおいては。

  • 2014年7月28日

失敗

失敗は
人間が作り出した概念だから
失敗から学ぶ行為は
自己欺瞞である。

失敗や間違いがない自然には
無数の神秘が潜んでいる。

  • 2014年7月27日

続)安全側

安全装置(fail safe)とは
緊急時や非常時に
<安全側>に作動するシステムである。

日本製の安全装置は
非常時により権力構造が強化するように
仕込まれていたので
<安全側>にはけっして作動しなかった。

権力構造は
つねにより大きな失敗(fail)によって
維持される反自然そのものである。

  • 2014年7月27日

安全側

われわれは普段使わない数々の能力を備えている。

誰かがもし視力を奪われて生まれても
自然は彼らがうまく暮らせる方法を編み出す。

自然は安全装置(fail safe)を授けている。
自然はけっして失敗しないシステムを発明している。

  • 2014年7月26日

自然科学

雑草と共存可能な無肥料で不耕起の
無農薬栽培方法を
もし自然が許容しなければ
どんな植物も成長できなかっただろう。

自然農は自然科学に属する。

自然科学は
日本では単に理系のカテゴリーに属するだけで
自然農は科学として認識されていない。

  • 2014年7月25日

夕暮

闇夜に蛍が飛ぶ交う前の
薄暗い夕暮を飛ぶコウモリを
無傷で捕獲する方法を考えている。

彼らの翼は伸縮性のある膜でできている。
傷ついた皮膚のような翼から流れる血は赤い。

人類は1種類だが
彼らは数百種いるらしい。

哺乳類で完全な飛行能力を持ったのは
彼らと人類だけだ。

  • 2014年7月24日

方向性

無数の選択肢とその組み合わせから
生活する方法は
混乱を回避できない。

選択に恣意性があるかぎり
最適解は存在しないか
最適解がつねに変動している場合
個々の特定の仮説を検証しているだけである。

人間の混乱を回避する知識は
ひたすら増えるばかりである。

生命に方向性を与えるのは
混乱からではなく
無目的に起きる変異を選別する能力だ。

自然選択(natural selection)以上に
より高い秩序は形成されない。

  • 2014年7月23日

続)具体性について

具体性に置き換えるプロセスは
特許権の取得方法に関わっている。

原理の発見者でなくとも
特許権はその応用技術という
無数の具体性によって取得できる。

原理の発見者の優先権を
法律的に無化するための
グランチ(=法律家資本主義)の最大の戦略である。

  • 2014年7月22日

表看板

日本の博士号を授与する審査機構は
現代人の生活に必要な基本的なテクノロジーの開発に
どれほど貢献しているのだろうか。

初期の船や航空機と自動車
そしてパソコンは
すべて大学の外で開発されている。

ライト兄弟は
自転車屋を経営しながら機体の開発を続け
エンジン付きの有人飛行に世界で初めて成功している。

そのパイオニアたちが
博士号の取得に専念した歴史は存在しない。

大学の博士号の審査機構がこの真実の歴史を隠蔽するために
科学者の生活を破壊しない配慮を持ち出しているならば
科学や学問の自由を追求する場などは表看板にすぎない。

彼らの行為はまったく黄昏れている。

  • 2014年7月22日

具体性について

具体性に置き換える認識上の誤謬は
グランチが意図的に引き起こしている。

武器製造のテクノロジーの歴史では
圧倒的に理系学生の青田買いは
教育的効果の一つとして公認されてきた。

具体性に置き換える認識とその教育は
個々人に小さな権力構造と専門分化の加速とを
手っ取り早く再現する習慣に過ぎない。

具体性に置き換えるプロセスでは
メタフィジックスへの認識が
ほとんど生成されないばかりか
観察行為が不在になるように
試験を前提にした学習などによって
情報が予めパッケージされるのである。

そして、未知なる存在への探査方法の情報は
このパッケージには含まれていない。

未知なる存在への探査こそ
具体性に置き換える認識方法を
破壊するシナジェティクスの起源である。

シナジェティクスは存在のすべてを扱うのである。

  • 2014年7月21日

2つの虹(RainbowとMoonbow)

夕暮れ時の雷雨が引き起した虹の後は
梅雨が明ける。

プリズムでは内部での屈折は2回だけど
虹は球体内部に入る時と外部に出るときの
2回の屈折だけはなく
内部反射が複数回ある。
内部反射の回数を重ねると光の強度はより劣化する。

水滴の半径がほどよく小さい場合
赤から紫までの虹の幅が広いスペクトルが現れる。
もっとも美しい幅の広い虹の内部反射は
最大2回程度で生成しているだろう。

観察者が地上にいるかぎり
虹はつねに半円型のアーチである。

Rainbowは<雨の弓>ではなく
空気中の不連続な水滴による
太陽光の屈折と反射の集積なのである。

太陽があるかぎり、虹の見えない場所はない。
十分な光を放つ満月の時に
月光による月虹(Moonbow)を見ることができるが
星空のなかで月虹の見える場所は
地球上では限られている。

  • 2014年7月20日

続)テンセグリティのユーザ

有用さ(=utility)は
目的ではなく、人間の知性の変遷過程なのだ。

メタフィジックスなくして
宇宙の知性を真の有用さに変換できない。

太陽系から細胞まで
すべての構造はテンセグリティである。

無生物にも有機体生命にも、
テンセグリティのユーザの境界線はなかったのである。

  • 2014年7月19日

テンセグリティのユーザ

テンセグリティを知り
テンセグリティモデルを学ぶと
テクノロジーへの応用を考えるはじめる人がいる。
例えば、ロボットや構造物などへ。

あるいは人体の骨格と筋肉の関係を
テンセグリティ構造に置換する人がいる。

理解するために
抽象性を具体性に変換できる知性を優位にしたいだけである。

これらはすべて具体性に置き換えて有用性(=utility)を引き出す
頭脳の条件反射なのだ。

テンセグリティは、それ自体が
張力と圧縮力との相補的な原理を応用した
テクノロジーである。

人間がテクノロジーを独自に考え出すことなどないのだ。

  • 2014年7月18日

シナジェティクスの方法

バックミンスター・フラーの
シナジェティクスにはいくつかの間違いが存在する。

他人とは違う新しい事を探究する過程で
他人の間違いを指摘するのも科学論文に成り得る。

しかし、それらの論文が
シナジェティクスを前進させたことはない。

シナジェティクスは
シナジェティクスを探究する過程で
先行する概念をより包括するシナジェティクスを生成する。

包括する行為は
陳腐化する行為から生まれない。

包括的理解は
自らの経験を秩序化するプロセスを含む。

シナジェティクスは
シナジェティクスをより包括する方法を発見する。

その発見には、Webに公開されたバックミンスター・フラーの
テキストとビデオ講義で十分だ。

  • 2014年7月17日

シナジェティクスについて

シナジェティクスの概念を複製する行為から
シナジェティクスを探求する動機は生まれない。

シナジェティクスは未知から始まる。

  • 2014年7月16日

概念

可視性は
局所的で一時的である。
すべての視界には限界がある。

概念(conceptuality)は
可視性または不可視性から
独立した何かである。

概念は
視界、つまり距離や解像度を超越できる。

  • 2014年7月15日

『コズモグラフィー』

真実をのぞき込む時
深淵に引きづり込まれるように
モデル言語を発見する時
シナジェティクスとデザインサイエンスの
絶えざる相互作用に魅了されるのだ。

『コズモグラフィー』バックミンスター・フラー 著
梶川泰司 訳(白揚社 2007)は
その動的な過程が記述された最初の書物である。

  • 2014年7月14日

未知なる構造とパターン

梅雨の満月は
大気中の水分のために
すこし大きく見える。

雲間を素速く移動する満月はとても幻想的だ。

洞窟からみる満月から
テンセグリティ内部からみる満月まで
350万年以上も経過しなければならなかった。

真に未知なる構造とパターンは
複数の人が同時に再現できない。

  • 2014年7月13日

動的な静寂

自然の非物質化のテクノロジーを
再現する時には
張力とその調整が深く関わっている。

テンセグリティシェルター内部での
瞑想はもっとも静寂と共鳴しやすい。

動的な静寂さは
自律しているシステムの共鳴方法である。

テンセグリティは
大地と社会に依存しない自律空間を生成する。

  • 2014年7月12日

個人的

産業革命以後、人々の瞑想は
個人的な未来の夢やビジョンに置き換わった。

学校や会社で
その幻想を追跡する自由と習慣を
日々刷り込まれた結果、
主観的で個人的な目的を最優先する人生を夢見ている。

主観的で個人的な目的を
超越した存在を除外したまま。

  • 2014年7月11日

土石木流

<山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石等が
水と一体となって流下する自然現象>と定義されている。

しかし、山腹が崩壊するのは
広大な人工的杉林によって保水性が欠乏したためだ。

したがって、ほとんどの土石流は自然現象ではない。

土石流の映像には
無数の無残な杉が土石と折り重なって流されている。

もはや<土石>流ではなく、<土石木>流である。

  • 2014年7月11日

続)瞑想

私は1995年から平均5時間しか睡眠しない。

シナジェティクス・モデリングで
毎朝平均2時間、瞑想する。

この瞑想なくして
客観的で予測的なデザインサイエンスは
実践できなかっだろう。

  • 2014年7月10日

続2)雑用性(general)

われわれはエコロジーから
まだ自然の雑用性を発見していない。

あらゆる用途開発(ユーティリティ=有用性)は
分類できない雑用性から生まれる。

有用性が無為自然に包括されているからだろう。

  • 2014年7月10日

瞑想

私がこれまでした瞑想は
シナジェティクス・モデリングだけだ。

この瞑想方法に、学校も師も要らない。

シナジェティクス・モデリングは
自然の純粋なデフォルトを露わにする
ティーティングマシーンの働きに気づいてから。

  • 2014年7月 9日

戦略

攻撃型か、守備型か
個人力主導型か、組織力主導型か
専門分化した戦略は時代遅れになっている。

攻撃は個人能力で守備構築がうまい監督さえも。

部分から推測不可能な全体は
部分的な破壊から崩壊しないシステムである。

戦略とは変化する相互関係の動的均衡にある。

真のシステムは
時間と空間に対して
すべての要素が互いに相補的に統合されている。

  • 2014年7月 9日

思考と方法

思考は経験によって
純粋になるわけではない。

思考は実験によって
陳腐化できるわけではない。

思考は
新しい関係を自ら発見する方法には成り得ない。

思考方法が外部からの刷り込みであるかぎり
方法を求める人は、決して内部を発見することはできない。

  • 2014年7月 8日

続)雑用性(general)

あらゆるタイプの雑用をこなせるこどもは
非常に高い知性を備えている。

学力を優先的により高く教育されたこどもは
この知性が著しく欠乏してしまう。

そして、雑用を忌み嫌う
鈍感な大人になるのだ。

  • 2014年7月 7日

雑用性(general)

雑用は
雑草のように
たいてい価値を認められないから
名前が付けられなかった。

社会構造では
名前のない存在は非存在に近い。
しかし、自然は雑用という専門分化したカテゴリーを形成しなかった。

もっとも雑多(general)に見える機能は
統合性が生成する。

有用性が欠乏して見える
雑用性(general)こそ包括性から生まれる。

  • 2014年7月 6日

続2)構造とパターン

建築コード(building code)は
権力構造(power structure)に属する。

権力構造のコードはまだ公開されていない。

権力構造が自らの破壊実験を禁止しているから。

  • 2014年7月 5日

続)構造とパターン

テンセグリティには
まだ建築コード(building code)は存在しない。

基礎の不要な自律的な構造とパターンに
建築コード(building code)は不要だ。

建築コード(building code)は
大地に依存した固体的世界観から形成されている。

  • 2014年7月 4日

構造とパターン

<構造とパターン>は
つねに単独者が発見してきた。

そして、彼が発見した<構造とパターン>を
原寸大で最初の構造実験をする場合
誰の許可も不要だ。

構造実験がなければ
構造家は構造計算を検証できない。
(ほとんどの構造家は建築コードのユーザである。)

<構造とパターン>はシナジェティクスに属するが
構造実験はデザインサイエンスに属する。

  • 2014年7月 3日

続)単独者

しばしば、単独者の経験のない科学者が
論文のレフリーになりたがっている。

  • 2014年7月 3日

単独者

誰も記憶していない経験は
非存在であり、
結果的に実在していないと見なされるように、

誰も追試できない理論も
非存在であり、科学的でないにしても
科学者は前例のない概念から始める時
単独者になる自由がある。

そして最初に追試できるチャンスは
つねに単独者にある。

つまり、単独者の経験のない科学者の論文は
追試の必要もないだろう。

  • 2014年7月 2日

密室

アメリカ合衆国は
ベトナム戦争の反対運動を
集団的自衛権によって制圧してきたのである。

集団的自衛権は
内部からの批判を<攻撃>と見なして適用可能である。

集団的自衛権を確立する権限までも
内閣に委任しているわけではないから
彼らは集団的自衛権を確立する過程で
<密室>で必死に協議しているのである。

<密室>こそ民主主義への攻撃である。

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