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犬のしっぽブログ  Yasushi Kajikawa

  • 2014年4月24日

周期について

自然には習慣は存在しない。
自然には周期がある。

人間は自然の異なった複数の周期に調和できなかったので
人間は無数の習慣を発明した。

<構造とパターン>の発見を鈍らせているのは
習慣が構造なきパターンの反復から成立しているからだ。

  • 2014年4月23日

発明と発見

「私が発明した」というとき、
その人間は過ぎ去った出来事の記憶の中に
生きていなければならない。
発明という分離的行為は過去の蓄積から生まれるからだ。

「私が発見した」というとき、
その人間は宇宙の記憶に生きている。

単独者として原理を発見したにもかかわらず、
先験的な相互関係を再発見したにすぎないからだ。

  • 2014年4月22日

副作用(side effect)

混乱から生まれた行動が次の混乱を生み出す前に
概念の牢獄がさらなる次の牢獄を作り出しているのである。

行動がこうした概念の副作用であるであるかぎり
行動によって有益な副作用はけっして起こらないのである。

  • 2014年4月21日

平均律

好きな音楽があれば
嫌いになるまで聞いてしまう。

嫌いになる理由を知りたいとしても
それは、好きになる理由とあまり変わらない。

思考したいときに、バッハの平均律を聴きたくなるのは
好きという限界を知りたいからではなく
音楽を好きにさせる意図を超越する方法として
無限に対するバッハの操作主義的な作曲法が理解できるからだ。

それは永続的な方法にちがいない。

  • 2014年4月20日

非致死的調査

人間が水深150メートルも潜水できるのは
60兆個の細胞テンセグリティと
地球規模の血管ネットワークのお陰だ。

毛細管を含めると人間の血管というネットワークの総長は地球1周分もある。
ただし、それは圧縮材のネットワークだ。
水圧をかけたホースは鉄のような圧縮材に変換できる。
(その時ホースはけっして長さ方向には延びない。
直径が拡大されるのみである。)

哺乳類の鯨が300メートル以上も潜行するのは
深海に住む生物を餌にするためだけではなく
塩分の濃い水深での地球規模の高速通信ネットワーク網に入るためでもある。

地球の裏側いる仲間たちと非同時的に通信するのだ。
こうした事実は、日本の類資源管理技術から発見されなかった。

----------偽装された捕鯨調査情報などは、即座に共有されているにちがいない。

  • 2014年4月19日

平均律

好きな音楽があれば
嫌いになるまで聞いてしまうのは
嫌いになる理由を知りたいとしても
それは、好きになる理由とあまり変わらない。

バッハの平均律をこの35年間ほぼ毎日聞いているのは
好きという限界を知りたいからではなく
音楽を好きにさせる意図を超越する方法として
バッハの操作主義的な作曲法が理解できたからだ。

それは永続的な方法にちがいない。

  • 2014年4月18日

経験

私は、私が経験したすべての出来事の一部である。
残りは、私が経験しなかった主観的なすべての出来事である。

私以外の出来事で私の大部分は形成されている。

私はもっと経験すべきである。

  • 2014年4月17日

ユーティリティへ

客観的なユーティリティは、
主観的なイマジネーションを源にした
論理的な操作主義の結果なのである。

存在と意識の相互関係がカテゴリーを変える。

ユーティリティは
発見も発明も区別されない<場= domain>から
無数に生まれる。

  • 2014年4月16日

脱カタログ化

ダイマクションカーはボディとシャーシー以外は
すべて当時の自動車部品のカタログから注文してアセンブルされている。
V8エンジンはフォードが提供している。
1930年代からすでに新製品は既製部品から構成されていた。

それから80年以上が経過した現在
すべての部品をオリジナルで生産するメリットは
より少なくなっている。

無数の工場から出荷されたままの<デフォルト群>は
21世紀の予測的デザインサイエンスがプロダクトする
<トリムタブ>のほぼ完全部品になる可能性は
加速度的に高まっている。

しかし、異なった複数の既製品を矛盾なく統合するには
既知となった機能との葛藤や
新たな用途開発への混乱をもたらす断片化と
頻繁に闘わなくてはならない。

開発過程での葛藤や断片化はデザインの不足よりも
関係性の発見の不足から生じているからだ。

異業種界の無数のカタログに潜んでいる
新たな関係性の発見とそれから発生する機能の獲得は
自然界から新種の生物を発見する行為に似ているだろう。

デザインサイエンスの実践によって
新しいユーティリティが従来のカテゴリーの相互関係を陳腐化する時だ。

シナジーという脱カタログ化現象は広範囲に始まっている。

  • 2014年4月15日

構造の死

古い構造が死んで
新しい構造が生まれるのではない。

テンセグリティが発見されるまで
構造は存在していなかった。
つまり、構造が死ぬことさえ不可能であった。

この科学的事実を認識できないほど
専門分化は概念の牢獄に繋がれている。

構造は容易に記号のテクノロジーに
置換されてきたのである。

これから構造が誕生する前に、概念が死なない限り
テンセグリティ理論でさえ
実験から理論を陳腐化できないのだ。

さらにその理論が作業仮説という
デスクトップ上( desk top theory)に存在する限り
まだ原理ではないのだ。

これらの操作の過程で
原理の発見は偶然にやってくる。

偶然はまだ構造のように記号化されていないからだ。

  • 2014年4月14日

再び操作主義へ

秩序から生まれた操作方法が
さらに次なる秩序を生み出すのではなく、
操作主義から発見された秩序が
さらなる操作方法を生み出すのである。

この客観的な操作主義は
科学テクノロジーではなく、自己のテクノロジーに属する。

それは1000万人に一人の割合で経験されている。

  • 2014年4月14日

「既製品を使え!」

バックミンスター・フラーは、唯一命令形の言葉を残している。

その命令を完全に遂行したプロジェクトはこれまで存在しなかった。
その理由は彼でさえ、完全には成功していかなったという事実で十分だろう。

しかし、工場から出荷されたままの<デフォルト群>が
21世紀の予測的デザインサイエンスによって生み出される
<トリムタブ>の完全な構成部品になる可能性は
バックミンスター・フラーの時代よりは比較できないほど高まっていた。

異なった複数の既製品を矛盾なく統合するには
既知となった機能との葛藤や
新たな用途開発への混乱をもたらす断片化と
頻繁に闘わなくてはならないだろう。

葛藤や断片化はデザインの不足よりも
関係性の発見の不足から生じているからだ。

産業化における量産とは
原寸大プロトタイプという原型の再生産であるが
量産された既製部品からなる
デザインサイエンスの<トリムタブ>においては
もはや構成部品のいかなる複製も不要になるだろう。

<トリムタブ>では
重さのない新たな機能が複製されるだけである。

その機能はどんな既製品の個別の機能からも予測できなかった
包括的システムから生まれる。

  • 2014年4月13日

エネルギー、食料、シェルター

バイオスフィア内で都市部に定住する人類はより増加している。
火星移住計画は準備されてきたが
バイオスフィア内で25年間も頻繁に移住できる
シェルターはまだデザインされていない。

新たなシェルターが現れるには
ライフスタイルの選択からではなく
古い概念がすべて終わらなければならない。

バイオスフィア移住計画には
分離または隔離しても自律できる
エネルギー、食料、シェルターの個人による
製造方法の確立が必要だ。

われわれは再び生産者になるのである。

  • 2014年4月12日

相補性

世間では、ポジティブとネガティブは
互いに反転可能な鏡像関係にある。

正義とモラルは
悪と懲罰にそれぞれ置換できる。

そして、明晰は、愚鈍と非論理性に
裕福は、貧困と不足に
愛情は、暴力と無関心に
知識は、無知と競争に。

自然は、ポジティブとネガティブを
互いにネガティブな関係で構築しない。

ネガティブな存在は
けっしてポジティブな存在の反転からは生成されない。

電子が陽子から生成されないように
自然は非鏡像的な存在を共存させている。

同時的または非同時的に。

  • 2014年4月11日

余剰生産力

知的産業社会では
エネルギーコストが同じなら
労賃が安いほど競合できるとは限らない。

革命的な発明によって
これまで主流となった製品の機能を陳腐化すれば、
その製品や工場は瞬く間に不要になる。

真の発明力は
電気エネルギーコストの削減や
資源の独占だけでは調達できない。

発明のための教育は
余剰生産力から生まれるメタフィジックスであるが
現在の教育プログラムにはほとんど含まれていない。

現在の教育プログラムは
通勤する大量の工場労働者を教育するために
作成された1世紀前の原型を継承している。

教育コストのほとんどは
時代遅れの学力向上に費やされているにすぎない。

  • 2014年4月10日

単純さについて

自然の原理は単純である。

科学論文の審査機構のほうが自然よりも複雑である。

「Nature」に記載されたレベルのノウハウは
最初に発見された単純な概念レベルで十分である。

STAP細胞の再現性には
かなりの理論とノウハウがあってしかるべきである。

軍事技術を見る限り、もっとも効果的な発明が
特許出願がなくとも開発されてきたように
テクノロジーは科学論文の受理とは無関係に開発できる。

「Nature」に記載される名誉よりも
論文も審査に出さないだけでなく
特許出願しないそのノウハウの方が情況によっては
高価であるというビジネスは存在する。

それは単純な資本主義だ。


ところで、論文の審査機構において、審査される論文の機密性を一体誰が
民主的に監視できるのだろうか。
科学論文の審査機構がほぼ権力構造に属しているならば。

  • 2014年4月 9日

科学論文

専門分化しながらも
集団化した科学者のクライアントは
限りなく真実に見せかけた
科学論文の<構造>に夢中である。

論文形式と審査機構との相互作用は
民主主義的ではない。

STAP細胞の発見が
科学に無知なメディアと法律家資本主義に毒されたのは
科学論文の<構造>と科学者が構成する社会<構造>に
自由な人間どうしの対話が不在だからだろう。

科学者に自由な対話と批判をもたらす<構造>がなければ
動く<細胞>の構造も見えないだろう。

現在のテクノロジーとその余剰生産性からいえば
優れた科学者が国家公務員である必要はない。

この国には、10億円以上の現金を所有する個人が
150万人以上もいる。

細胞生物学もシナジェティクスのように
メタフィジックスに接近する科学なら
個人で展開可能な時代だ。

  • 2014年4月 9日

母川回帰

2012年の世界貿易額で見ると
輸出額はアメリカではなく中国が第1位であり
輸入額では中国は第2位である。

しかし、中国の黒字と米国の赤字が共に減少しているのは
安価なエネルギー源を求めて、
多くの工場はサケの源流への遡上のように
技術が生まれた場所に回帰しはじめたからだ。

シェールガス革命は原発を陳腐化し
製造コストを中国よりも安価にできるのだ。

(日本は4位であり、輸入額のほうが輸出額よりも多い情況が続いている。
先進諸国で輸出額が輸入額よりも多いのはドイツだけである。)

日本はロシアやアメリカから余剰な天然ガスを輸入するかぎり
製造コストの革命は自国では望めない。

  • 2014年4月 8日

美的存在

彫刻家によって
テンセグリティ原理が応用されるとき
構造の軽量化よりも
美的存在とその永続性を優先した
素材が選択される。

ステンレスパイプやワイヤーロープなどの
腐食しない重い金属が必要とされる。

さらに決定的に
皮膜材を張力材に採用しない暗黙の了解がある。

つまり、美的なオブジェとしてすべての細部がデザインされ
テンセグリティは空間構造としてはけっして考察されない。

素材の構成から<構造>を除外した概念が解析できるのは
流行する様式のように
衰退していく思考方法の特徴であるが
それゆえに伝染しやすい。

  • 2014年4月 7日

トリムタブ再考

高速戦闘機では、翼の中でも
補助翼(補助翼、昇降舵、方向舵)の3種の舵の
軽量化と表面剛性が優先的に必要である。

零戦の設計では構造重量を軽くするために
翼の一部を羽布張り構造(=飛行機の翼に用いる布)の
表面にしていたようだ。
(8歳の時に、零戦の木製の精密モデルを作成した時に
この軽量化のエンジニアリングにかなり興味があった。)

しかし、高速飛行時には空気という高速の流体で
その羽布の表面が内側に凹んで平滑な曲面が失われ
補助翼はやがてトラス構造から羽布張り部分が
膨らんで破裂する危険性があった。

フレキシブルな表面材による構造のこのような欠点は
トラス構造のテンセグリティ化によって応力外板構造に変換し
軽量化も飛躍的に向上させた上で機体剛性も向上できる。

同じようにテンセグリティシェルターでは
ハリケーンや台風などの激しく変化する高速の風圧に対して
表面が内側に陥没(ディンプル)しないように
シェルターを空力学的に解決し
同時に機体剛性と強度を飛躍的に向上できる。

最大のテンセグリティシェルターのデザイン上の問題は
皮膜材と構造の同時的・非同時的な
人力での短時間によるアセンブル方法とその全コストである。

テンセグリティシェルターは
飛行機と同様に、大気圏を移動するための
効果的な地上用のトリムタブだからである。

  • 2014年4月 6日

モバイルシェルター vs スモールハウス

<スモールハウス>は
単位体積あたりの重量が
ほとんど軽減されていないならば
省エネとは言えない。

エネルギーと食糧と住居の三代要素を
まだ解決できていない。
それぞれの要素を縮小しただけである。
あるいは
都市と家族の矛盾から分離したにすぎない。

増殖しながら移動する人類に不可欠な
全天候性の自律的なモバイルシェルターを
開発する理由が忘れ去られる<平時>が終わった時にこそ
最初のモバイルシェルターは生産される。

バイオスフィアの陸地の80%は、依然未使用である。
驚くことにその大半は北半球にある。

  • 2014年4月 5日

抑圧空間

建築の空間構造とそのデザインが
どれほど人間の精神に影響を与えているかという心理学的研究は
贈与経済学が経済学から駆逐されたように
あまりにも現実的すぎて禁止されているように見える。

病院や老人ホーム、学校やオフィス
そして、仮設住宅の建築空間でさえ
人間を昼夜を問わず手っ取り早く抑圧できるからだ。

意図的に陳腐にした空間デザインだけでなく
モダンに見せかけた空間でさえ
人間の思考を効果的にコントロールできる。

そもそも、上下水道と電力ネットワークに
常時繋げるだけでも十分なはずだ。

  • 2014年4月 4日

数学と軽量化

軽量化とは
他の部品や部材
そして、環境や概念との関係においてのみ
存在しうる概念である。
事物の総相互関係(=三角形化)が完遂したネットワークとして。

建築の空間構造が、記号の法律言語(コード)に依存しているかぎり
人間が大気圏内で安全に健康に生活できる最軽量の空間構造は
もはや建築の領域ではない。

空間の超・軽量化は
航空機の翼やロケットの胴体の構造のエンジニアリング以上に
非物質化(エフェメラリゼーション)の前駆体なのである。

構造とパターンは
もっとも純粋なシナジェティクス数学に接近する。

漸近的な極限では
数学による軽量化だけではなく
数学の軽量化さえも生成されるのである。

  • 2014年4月 3日

信頼性(Reliability)

この3年間、他人のふりをして
他人を騙して放射性物質を
どれだけ売ったからではなく、
放射性物質を意図的に混ぜた食料を
どれだけ自分が食べたかで
詐欺師の信頼性が決まる。

  • 2014年4月 2日

再生的

デザインサイエンスプロジェクトを展開していると
ほぼ周期的にデザインサイエンスに貢献したい若者と出会う。
彼らは<掛け替えのない>人生を求めている。

貢献とは
理想とする誰かか、あるいは何かになろうとしているだけの
偽装した逃避のひとつである。

<掛け替えのない>行為は
人間が陥りやすい奇妙な思い上がりであり、
混乱のはじまりである。

その目的を達成するための社会的な選択的プロセスこそ
再生的宇宙に反する。

  • 2014年4月 1日

泉から

科学原理の発見方法は
そこへ至る道のない泉である。

その泉から帰還する道もない。

  • 2014年3月31日

振動について

テンセグリティ構造を
持続したいという欲望があるときには
張力材よりも振動への恐怖がある。

構造を実現するには張力材による
圧縮材との振動による統合がなければならない。

振動は自重との闘いである。

自然は生き残ったテンセグリティ構造に満ちている。

  • 2014年3月29日

熟考(consideration)

知識や情報の理解は
世間話にすぎない。

理解(understand)とは
不十分な状態で静止している行為である。

そして、知識や情報が人間存在よりも
大きな重要性を帯びてくる時、

単独者が熟考(consideration )する行為は
もっとも宇宙的である。

  • 2014年3月28日

振動について

構造を持続したいという欲望があるときには
圧縮材への恐怖がある。

構造を実現するには
張力材による圧縮材との統合がなければならない。

それによって、瞬間ごとに構造を実現できたなら
もはや振動による構造を怖れないだろう。

  • 2014年3月27日

初期化された構造

STAP細胞の存在を疑問視する生物学は
「すべての定義は一時的である」と仮定している科学を
疑問視してはいない。

『操作的に定義された』概念は
科学者集団という<群れ=同業者組合>が運営しているのである。

真の操作主義は、
「すべての定義は一時的である」と仮定する
操作的定義自体を陳腐化することにある。

実際、STAP細胞もES細胞も
<細胞テンセグリティ>という構造として捉える定義には
未だ誰も言及していないように思える。

テンセグリティとは
<初期化された構造>にちがいない。

  • 2014年3月26日

簡素に

過去も未来も局所的すぎる。

問題をその場で解決する能力は
過去にも未来にも依存しない<包括性>から生まれる。

自己放棄は<包括性>の簡素な現れである。

  • 2014年3月25日

抽象的思考

すべての発展は物質から抽象に向かう。

しかし、抽象的思考そのものは
それを思考する人の死と共に消滅するが
装置やプログラムは長期間生き残る。

抽象的思考がより長期的に生存するためには
装置やプログラムのより短期的な陳腐化も
加速しなければならない。

  • 2014年3月24日

人工甘味料

糖質ゼロにするためにスクラロース(ハロゲン化合物)が
ビールや清涼飲料水に、
アスパルテームがアイスクリームやミント・ガムに配合されている。

これらの人工甘味料は体外に排泄されるだけで
血糖値やインスリン値に影響を与えないがために
癌の発病率の上昇が統計的に認められた科学研究のことなど
だれも気にしていない。

生物サイクルで蓄積される可能性がきわめて小さいのは
親水性によるが、その発癌性が低いこととは無関係だ。

健康管理上、糖分を排除したがる健康志向から支持されているのは当然だろう。
プルトニウムでさえ薄めれば気にしないのだから。

食べる化学物質による加速度的な群れの形成は
マーケッティングのもっとも忠実な成果だ。

  • 2014年3月23日

構造とパターン

人類の生活空間を支えてきた構造の全否定こそは
最も客観的な数学的行為である。

無線、無管、無柱、無軌道という
4種の自律性を具現化しながら
最終的に経済的にモバイル可能な空間構造は
新たな数学的な<構造とパターン>の発見に従うだろう。

<構造とパターン>こそ
つねに機能と形態とのシナジー的な関係を生成することができる。

「形態は機能に従う(form follows function)」としても
その結果、生まれたのは高層鉄骨建築だけである。
その「柱・フレーム」構法のデザインは
モバイル可能な超軽量な空間構造を生まなかった。

なぜなら、もっとも単純な<構造とパターン>は
人工物のために生まれたのではなく
つねに自然から発見されている。

  • 2014年3月22日

自然の構造

シナジェティクスは
構造デザインに関与できるのではなく
自然が許容した構造を発見する。

自然が許容しなければ、どんな構造も構築できない。

  • 2014年3月21日

<自律的>

教育の最終段階は
自己教育システムの開発である。

自己教育は<自律的>である。

真の<自律的>教育システムは
非人格的な存在である。
それは先験的なシステムの発見でもある。

その開発と発見にもっとも反対しているのは
教師とその組合である。

非人格的な存在が見えないように
終身雇用システムは
試験と教科書で教育を管理する方法に始終している。

  • 2014年3月20日

クラウド

自然は昨日のクラウドを所有しない。

植物がクラウドを
絶えず生成し、そして消滅させている。

水を大陸間で循環させ再生するために。

  • 2014年3月19日

絶えず普遍的に

『シナジェティクス』を読破する人々は
シナジェティクスモデルを教育できない。

シナジェティクスモデルを教育する人々は
『シナジェティクス』を翻訳できない。

シナジェティクスモデルを複製する人々は
シナジェティクス言語を生成しない。

シナジェティクスモデルを創作する人々は
シナジェティクス原理を発見することはできない。

普遍的なシナジェティクスモデルは
個人的で特殊な経験から発見される。

シナジェティクスを認識するためには
自らの経験を絶えず編集しなければならない。

シナジェティクス原理を発見するためには
理論が絶えず陳腐化されなければならない。

つまり、過去の条件反射と思考の蓄積とその束縛から
どのように解放されるかだ。

  • 2014年3月18日

<自立>から<自律>へ

<自立的>とは経済的、空間的な独立を意味している。
人間は<自立>を教育してきた。

しかし、経済的、空間的な独立だけでは
エネルギー的には未だ他律的である。
太陽系のなかの
バイオスフィアのエコロジー的な
<自律的>機能の形成にはほど遠い。

<自律的>とは
自然との相互関係から遊離しない
システムの形成を意味するだけではなく
自己規律を伴う。

  • 2014年3月17日

モバイル有機体

人間は大地に根を生やすことはできない。

農村の過疎化は
都市に人間が移動した結果である。

都市とは一時的に滞在する人々が増加した場所である。

ある場所により多く定住するためには
人間はつねに移動しなければならない。

足の生えた人間が大陸を移動するには
大地に固定された<基礎>ではなく
共に<動くシェルター>が必要だ。

森でさえ大陸を移動した結果だ。

  • 2014年3月16日

現実化(realization)

現実化とは
客観的な統合化の過程である。

  • 2014年3月15日

概念

概念はメタフィジカルで重さがない。
リアリティは物理的である。

21世紀はメタフィジックスではなく
概念とリアリティを広範囲に統合できる
テクノロジーの時代である。

数千年続いた概念の牢獄から見れば
宇宙はテクノロジーそのものである。

  • 2014年3月14日

リアリティの否定

特性よりも
リアリティに接近できるのは
原理だけである。

そのリアリティを遠ざけるのは
無意味なデザイン行為である。

  • 2014年3月13日

アンインストール

更新されるクラウドに身を委ねてしまうかぎり
昨日から超越する現実は訪れない。

経験の蓄積も知識の収集も
昨日までの思考方法を肯定するように働く時
安定願望を満たしているだけである。
-----条件反射にしたがって。

条件反射は
絶え間ない葛藤を生まないシステムの一部だ。

  • 2014年3月12日

直線的

恐怖は人々の思考を直線的にする。

生命のフィードバックは
非直線的な軌跡を描く。

恐怖心は生得的ではない。

  • 2014年3月11日

自然のパッケージ

3年前の地上での核分裂(または核爆発)による
放射エネルギーはこの量子毎に放射された。

自然は放射エネルギーを
量子という宇宙の単位にパッケージしていたのである。

人間は未だ、拡散したエネルギーを
元のパッケージに戻すことはできない。

人間の発明したマネーとそのシステムで
自然の秩序は買えない。

  • 2014年3月11日

量子(quantum)

量子(quantum)は
量子物理学より前から単位を表す言葉として存在していた。
量子物理学によって、物理量はある量を最小単位とした場合
その整数倍をとることが発見された。
現在では飛躍的で画期的な意味を表す形容詞にもなった。

工業製品を構成するモジュール>という概念も最小単位を意味するが
第2次世界大戦後に自動車産業界で生まれた。
そして、モジュールは人間がデザインした人工物という概念を伴う。
量子物理学(quantum physics)が誕生して半世紀後である。

1927年、バックミンスター・フラーのシナジェティクスは
量子幾何学として生まれている。

量子(quantum)は
つねに自然の特殊性を内包している。

  • 2014年3月10日

構造の存続

自然には構造以外存在していない。

どの構造もつねにもっとも経済的なエネルギー戦略を
採用するからだ。

さもなくば、自然には存続できない。

  • 2014年3月 9日

一時的

化学化合物の結合状態は
つねに一時的である。
限定された結合の可能性から形成されているから。

われわれの経験は
すべて一時的である。
無限の結合の可能性から形成されているから。

にもかかわらず
われわれの経験は互いに似ている。

無限の結合の可能性から
遠ざかりたいから。

  • 2014年3月 8日

アジア的原型

バックミンスター・フラーの<doing more with less>は
自律的で他利的な思想を背景にして形成されている。

1930年代の大恐慌から第2次世界大戦が終わるまでの間に
デザインサイエンスは
もっともアジア的原型に接近したのである。

デザインサイエンスが難解に思われるのは
21世紀の日本人がひたすらケチな個人主義になったからである。

  • 2014年3月 7日

失敗

<人工物>のデザインに間違いが存在するのは
<人工物>と<失敗>という概念自体を
人間が発明したからだ。

自然のデザインには<失敗>がない。

<人工物>はまったく無意味な言葉だ。

  • 2014年3月 6日

デザイン

<デザイン>とは、
他の部分から見たそれぞれの部分との関係である。

宇宙の偉大な知的デザイン以上の関係は存在しない。

デザインを教育する人々は
最初にその宇宙との関係を除外してきた。

  • 2014年3月 5日

実験講義

私のスタジオ内で連続3夜、計36時間講義と
プロダクトデザインを同時進行させる実験講義とワークショップで
プロトタイプ1号機を昨晩完成した。
明日は2号機の作成に挑戦する。

しかし、挑戦とは
昨日までの蓄積を如何に短時間に棄てられるかだろう。

それを可能にするのは
シナジェティクスとデザインサイエンスの
相互補完的な機能である。

大きさを超える行為と
大きさを与える行為を支える相補性は
非鏡像的である。

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