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交換価値


私が住む村には大万木山がそびえる。
あまりに険しくそして積雪が深く、開墾や放牧ができなかったので
まだブナの原生林が残っている。
その山の湧き水を一回に75リットル汲むくのが日課になった。

古典経済学によれば、空気と天然水の交換価値はゼロであるが、
その使用価値の可能性は増大して、
天然水関してはついに1リットルのガソリンの価値よりも高価になった。
(内燃機関が発明されるまで、石油でさえその交換価値ゼロであったことを思い出そう。)
しかし、サウジアラビアでは水のすべては海水を電気分解して生成されている。
その生成に要するすべてのエネルギーは石油を利用した火力発電である。
この場合は水1リットルはガソリンよりも高価であるのは当然である。

彼らから見れば、大万木山は自分の所有する油田と交換可能である。
だからと言って、大万木山を独占しようとする日本の銀行家はいない。
そもそもアジアには湧水などありふれているものだ。

今や経済学が真の富の定義とその運営方法を破壊しているのである。
世界の銀行家たちはノーベル賞経済学者を支援する一方で、
来るべき水戦争という21世紀の資源戦争に向けて多大な資金を集中させている。

来るべき水戦争は中東で始まるだろう。
水は石油と交換可能な液体であるから。  Y.K

Comments:4

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tomary 2006年5月19日 00:09

非常に興味深い記事を毎日ありがとうございます。¥r¥nこの記事の中で、¥r¥n¥r¥n>今や経済学が真の富の定義とその運営方法を破壊しているのである¥r¥n¥r¥nの部分がよくわかりませんでした。¥r¥n彼ら(サウジアラビア)から見れば大万木山は油田と同等の価値であり、このことから、水は石油と交換可能¥な液体であり水戦争の可能¥性があるという論理は理解できました。

トゲナシトゲトゲ 2006年5月19日 09:35

 ↑¥r¥n まず前提として、経済学はすべての価値を「金額」で計るから、人類の生存に真に必要な、価格のつけようのない富である宇宙的エコシステムをも含んだ、真の宇宙・地球・人間のシステムに対しては、対処できないということ。¥r¥n¥r¥n そして、そのような不完全な目先のでっちあげシステムである経済学に支えられた人類の経済活動によって、今や生存の基盤である地球エコシステムが危機に瀕しようとしているということ。¥r¥n¥r¥n しかし、「カネ」でしかものごとを考えられない愚かで貪欲な銀行家たちは、今まで無償で宇宙・地球から人類に与えられていたエコシステムまでもが今後は環境の悪化によって争奪の対象になりそうな事(=『値がつく』事)を予¥感し、抜け目無く投機の対象としながらも、既存の経済学とそれがもたらす危機の本質に何の疑問も抱いてない。¥r¥n¥r¥n ・・・ということを述べているのではないかと思います。¥r¥n¥r¥n*銀行家のみなさん、「愚かで貪欲」などと言ってすみません。これは、特定の銀行家個人や職業などを悪く言ったわけでなく、「現行の経済システム」の象徴としての「銀行家」という表¥現であり、私も日々みなさまのオコボレにあずかろうと必死で頑張っています。同罪です、ハイ。

Y.K 2006年5月19日 10:47

経済はとるかとられるかであり、勝つか負けるかであるゲームの理論なので、周期的にゲームの規則を書き換える必要(つまり誰かが勝ちすぎたり負けすぎたりするとゲーム自体が運営できなくなるので)があるが、ゲームを運営している連中は、常に損をしないというゲームとして考えて場合、富の定義の可能¥性、つまりもう一つの現実が見え隠れするわけです。 Y.K

Y.K 2006年5月19日 11:38

tomaryさんへ、 追加ですが、犬のしっぽブログ 2005年11月10日の「アボガドロ」を参照してください。 富と工業製品との重要な関係を書いています。Y.K

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