日本ミツバチが帰ってきた。
私がここの見晴らしの良いアトリエに引っ越した時の先住者は、
屋根裏のヤマネと出入り口の床下にいた大きな青大将とこのミツバチであった。
スズメバチの集団に続けざまに襲われて個体数が激減していくミツバチを無視できず、
昆虫網でスズメバチを捕獲してゴム草履の裏で叩き潰すのが
晴れた午前中の日課になっていた。
スズメバチに噛み殺された大量のミツバチと分解したスズメバチ死骸はアリが群がる前に
スズメバチの同僚がすぐに引き取っていくので、
巣箱の周辺はすぐに何もなかったような状態になる。
だからずっと見張っていなければ、ミツバチの悲劇は分からない。
ある日、スズメバチの集団は途絶えた。
私の攻撃ではなく、ミツバチがすっかりいなくなったからだ。
そのミツバチが木造の建物の西側の壁面の古い巣に2年ぶりに帰ってきた。
最近、炭火を興してお湯を沸かしているといつも顔の周りにやってくる。
日本ミツバチは新しい木で作った巣箱よりも、古い黒ずんだ木の巣箱を好む。
もっとも私がこしらえた巣箱ではなく、壁面の羽目板の隙間を利用した彼ら独自の巣だ。
この巣は、私のアトリエの入り口から3m離れた位置に面しているので苦労なく観察できる。
性質がおとなしく、攻撃はしないが、
黒く長いフードを付けたマクロレンズを接近させると、羽音はすぐに激しくなり、
出入りの様子が変化する。
蜜は少しずつしか形成されないため、一つの巣箱から2年に1度しかハチミツをとれない。
巣別れの時期までにもちろん新しい巣箱を用意できたらいいが、
あのスズメバチのギャングとの抗争に私が積極的に参戦しなければ、
日本ミツバチの神経質で巣を放棄しやすい性質からすると、
敵が頻繁に巣を攻撃すればすぐに引っ越しをすることだろう。
低温でも活動性がある日本ミツバチは、豪雪地帯で外敵に襲われつづけても、
その富んだモバイル性によって生き残っている。