情報化社会では、
経験したことだけで考えるのは危険だと教育される。
だから情報を共有(=情報化)してから考えようとする。
しかし、信じやすく騙されやすいこの方法こそがただの情報に過ぎない。
経験に基づいて思考する経験化社会では、
経験はほとんど共有できない。
経験は星の数ほどあり、
想像力を越えて経験相互の関係数は増大するばかりだから。
産業は、専門分化された経験のみを共有する経験化社会に属する。
科学は、経験を一般化する原理化社会に属する。
たとえば、浮力原理の発見よりも前に船はデザインされ、
準結晶は合成された後に
5角形を含む空間充填システムをもつ準結晶理論が形成され、
第3の炭素結合が超伝導・半導体の機能を形成する
原理の発見以前に、フラーレンが合成された。
つまり、科学は異なった人間の経験から
経験を越えたメタフィジクスにはじめて到達する。
この経路によって、経験相互の関係数は劇的に減少する。
原理以上に包括的に理解され共有できる最小限の情報はない。
原理は人間が情報化する前に、
非人格的にすでに宇宙で共有化されているのである。