二酸化炭素が増加すると
植物の炭酸同化作用が
短時間に増大するのは
植物がより少なくなった二酸化炭素でも
成長できるように適応してきたからだ。
マリモは淡水でも成長できるが
海水に移すと劇的に成長する。
彼らは淡水に閉じ込められても
死滅しないように
短時間に環境に適応したのだ。
月別アーカイブ: 2013年2月
条件反射
学習が先行した知識にしたがった再現
または
知識の模倣を容認する行為であるかぎり
新しい知識は生まれにくい。
たとえ
自己について、あるいは他者について
どんなに学んだとしても
他者から知り得た知識に基づいて思考するかぎり
そこから派生する行動は予測可能な<条件反射>だ。
真の学習とは99%の準備である。
ーーーー知識が形成した<条件反射>という
巨大な重力圏から出て行くための
思考のエフェメラリゼーション
概念の一般化が
物質よりも早く完成する時は
言語と物質との相互作用が統合される時だ。
それはメタフィジックスの驚異的な働きにちがいない。
優れた開発には
この思考の短命化(エフェメラリゼーション)がやってくる。
昨日までのもっとも優れたアイデアが
瞬間的に、
しばしば連続的に
陳腐化され続けるのだ。
苦行と快楽との狭間に
エンジニアリングの極みはいつ訪れるのだろか。
逸脱について
現実の世界はつねに<特殊な場合>に満ちている。
発明は一般化された原理を応用する行為である。
発明はある原理を理解する特殊な経験から生まれるが
原理を発見するプロセスとは異なる。
発明さえも<特殊な場合>である。
人間により有利になるように従来の技術に対して
物理的な再構成を図る特殊な行為である。
しかし、一般化された新たな原理を発見するには
この特殊性から逸脱しなければならない。
逸脱は現実の世界に対する
もっとも原始的なメタフィジックスである。
降雪
数百万年間も継続してきた生存のための
筋肉労働から離脱しはじめて
僅か100年程度しか経過していないが
人間の筋肉労働エネルギーは
全地球の産業社会で使用する
全エネルギーの 0.1%にも満たない。
しかも、今日のような降雪時の
筋肉労働エネルギーの大半は
通勤と通学に費やされる。
偶然から
自然には
既知(known)なる存在と
未知(unknown)なる存在が含まれる。
偶然が入り込むための「仕掛け」を
人間から学んではいけない。
<学ばない自由>こそが
偶然性を増大させる。
知らないこと(unknown)は
偶然から認識されるにちがいない。
インフルエンザ
インフルエンザのウイルスは
遺伝子RNAをパッケージする正20面体状の殻を持っている。
もっとも安定したこの空間構造(カプソメア)を
形成するための構成物質が
単位体積あたりでもっとも少なくなるからである。
彼らはエネルギー経済問題を
政治的ではなく
科学的に解決できている。
それは種族維持目的には不可欠である。
シナジェティクスと数学
子どもの遊びは数学的経験の宝庫だ。
経験は秩序化できる
もっとも身近な数学的対象だ。
構造とパターンから独立した数字は無意味である。
構造とパターンとの新たな関係を発見する
シナジェティクスの探査方法は
形態的類似からでも言語的類似からでもない。
まして幾何学的相似からでもない。
純粋にその秩序を取り出すには
シナジェティクスモデルとモデル言語との相互作用を
習得しなければならない。
自然界の現象や異分野の問題解決策に学べば
ほとんどの課題は解決できるという
戦略的理論(analogical thinking)からシナジェティクスは生まれない。
シナジェティクスモデルが内包するモデル言語が
形態的・言語的アナロジーを超えることができたなら
シナジェティクスによる経験の一般化は
自然を模倣しない。
ーーーーー現実を超えたのだから。
富の欠乏について
20世紀後半では
<食料とエネルギーの欠乏>が
根拠のない
政治的手法となった。
21世紀では
新たに<富の欠乏>が
その手法に加わったのである。
金融コングロマリットによる
<富の欠乏>へのシフトは
<食料とエネルギー>の欠乏と
地球温暖化がますます
根拠をもたなくなったからだ。
欠乏を埋めるための
新しい欠乏は
紙幣によって作り出される。
物質の所有について
すべてのモノはやがて朽ちていく。
しかし、使えば使うほど
劣化する元素はこれまで発見されなかった。
バイオスフィアでは
気体元素はもっとも激しく循環するが
採掘された金属元素も地上で循環している。
機能は一時的に所有できるが
元素はより循環するようにデザインされている。
事実、大気圏外から日々100トンもの隕石を
受け取る側にいる。
バイオスフィアの物質を構成する92の元素は
重力を介在させて
いまも銀河系に属している。