月別アーカイブ: 2013年10月

思考の沈黙

自己欺瞞に陥りやすい明日への期待から逃亡し
外部から与えられた秩序に代理させるよりも
手っ取り早く昨日までの思考方法に
終止符を打つことを知りながら
それができないのは
内部の混乱と空洞化に耐えなくてはならないからだ。
思考の沈黙は自己欺瞞の裏返しである。

最初のトリムタブ

必要な道具にも関わらず
これまで存在していない
あるいは存在できなかった道具類を
考案し独自に制作する<仕事>にはけっして失業がない。
脱工業化社会の前に
個人が生活のために働くことから脱しなければならない。
どんな職業にもできないことは
それを最初の<仕事(=トリムタブ)>にすることである。

反検索的

経験を蓄積し、経験によって生きていくために
人々は書物から読み始め検索で準備する。
知的探検とは
未知から始めることである。
その結果は
未来の他者から読まれ検索されるだけである。

作業仮説

人間のために建造されたほとんどの建築空間は
自然の原始的な変容だけではなく
人間が作り出す基本的な概念の変容に対して
その建築空間を生み出した思考自体と共に
危険な障害物となる。
大多数の建造物の寿命は人間の平均寿命よりも
短命であるにもかかわらず、
宇宙空間がつねに静止的であるという
19世紀的な作業仮説ゆえに。

放射エネルギー

弱者の自己嫌悪ほど危険な放射エネルギーはないが
とりわけ彼らを蝕んでいるのは
自己嫌悪ではなく、21世紀の若者が身につけた
固有な消費と自己愛である。
群れから適度な距離をおきながらモバイラーを自認する若者ほど
かつての極地探検家以上に軽量グッズで武装しているが
彼らが課金システムを攻撃することはないだろう。
消費システムは退廃するための自己愛を増幅するばかりである。
21世紀の高度な資本主義社会の放射エネルギーは
もはや核兵器を必要としない。

無秩序

貨幣で貨幣を儲ける方法に成功した会社や
彼らの真似をしただけで裕福になった人さえも
若者たちが尊敬するようになって
もう10年以上が経過した。
貨幣で貨幣を儲ける方法は
生き延びるための労働とその喜びが否定されただけではなく
秩序ある宇宙の体系を否定することで成立する。
支配のためのこれ以上の無秩序(chaos)は存在しない。

続)自然のリダンダンシー

ケネス・スネルソンが球状テンセグリティを作品に利用できなかったのは
バックミンスター・フラーの先行するシナジェティクスと
テンセグリティ原理の発見に干渉するだけではなく
人間の生活空間への利用の可能性を否定することで
新しい芸術様式を成立させたかったからにちがいない。
(同時に、スネルソンはバックミンスター・フラーが最初に概念形成した
tensegrityという造語の最初のユーザであったことに
注目しなければならない。)
科学的解釈が達しない芸術の拠り所をテンセグリティに求めた瞬間に
彼はテンセグリティの科学的な構造原理を
自ら排除しなければならないジレンマに陥ったのである。
それゆえに、彼が思い描いた新しい芸術様式が
20世紀の後半に隕石の内部から発見された
フラーレーンにも複製されていた事実は決定的であった。
テンセグリティ構造においては、人間は発明することも
表現作品のオリジナリティを作り出すことも不可能であった。
付加的でない自然のリダンダンシーを否定する人々は
宇宙の現実をあるがままに受け入れる科学的な試練に対して
絶えず原理の発見へと導いているこのメタフィジックスを知らない。

技術を学ぶ方法

ある技術を学ぶ時
その技術を形成するノウハウを経験者から学ぶ方法は
その技術には含まれない。
その技術について<対話 (dialog)>することが
技術を学ぶためのもっとも原始的かつ包括的技術である。
(dia=between,log=speak)
包括的技術の学習過程にカリキュラムは存在しない。
カリキュラムは大量に複製する工業製品を
作り出すためのシステムに準拠したアプリである。
自発的な動機(Know why)を排除する目的がある。
シナジェティクス教育は対話型である。
自己と自己との自己教育においても。

自然のリダンダンシー

人間は自らの体重を骨格だけで支えてきたのではない。
60兆個の細胞はもっとも安全なテンセグリティ構造を採用してきた。
人間が生活空間として使用する構造としては
テンセグリティは危険すぎると考えて
彫刻作品のみに利用してきたケネス・スネルソンは
テンセグリティ構造の自律的な外力分散システムや
付加的でない自然のリダンダンシーに対して
まったく無関心である。
あるいは無関心を装っている。
空間構造の安全のための新たな代替手段を確保する可能性が
まったくないという前提から
彼は芸術作品としてのテンセグリティの存在意義を
形成してきたように思える。
美的価値はしばしば科学的な発見によって瞬時に破壊される。