個性観と正義観の同一性は
権力の効果であり
その優れた道具としてデザインされている。
移動可能な工業製品のように。
例えば、空間構造は
精神構造を作り出す鋳型なのある。
見えない鋳型こそ
権力によって制限されていることは気づかれない。
たとえば、廊下と結びついた学校の教室は
小さな個室に繋がる病院の廊下のデザインと同一ではないか。
病院の待合室が学校では教員室に変わる程度のデザインで
われわれの個性観が形成されているにすぎない。
窓と自由に開閉できるドアがなければ
どれも獄舎建築である。