テンセグリティを知ることは
テンセグリティを制作するよりも
はるかに困難である。
——–張力材をエラスティックなゴム材か
ステンレスワイヤーで代用しているかぎり
重力が<万有引力>である所以は
2点間距離から逃れられないばかりか
重力には
弾性率が存在しない、そして
けっして劣化しないユニバーサルな張力材だからである。
「テンセグリティ」カテゴリーアーカイブ
デザインサイエンス修行期間
モデル言語に精通し
テンセグリティの原理の開発方法と応用技術に熟達した
テンセグリティ・マスターまでの修行期間は
デザインサイエンスの修行期間(12年間)に含まれる。
テンセグリティ構造は
観察から発見されなかった希有な科学的原理であった。
発見された当初は対応する物質や生命体は存在しないと考えられていた。
それゆえに
まだ存在していない新たなテンセグリティ構造さえも
モデル言語のシンタックスとセマンティックの
予測できない組み替えに依存しているのである。
物質の沈黙
テンセグリティは
中心となる部分が全く存在しない状態を維持しつづける。
われわれは非生物で完全無欠な状態に統合された
もっとも単純な存在をまだ分類できていないばかりか
あまりにも複雑に複製されつづけてきたから
テンセグリティの完全な沈黙を複製できないのだ。
物質から抽象化へ
DNAモデルは2本の鎖状ポリヌクレオチドが一組となって2重螺旋を構成する。
1951年に発見されたこのモデルには実際のDNAの複製の機能はない。
2本のポリヌクレオチドを結びつける水素結合の相互関係を
捉えた謂わば3Dのストップモーションモデルである。
しかし、テンセグリティモデルには機能が形成されている。
共鳴テンセグリティのすべての形成過程とは、物質から抽象化に至る過程である。
細胞テンセグリティモデルでも
原子核またはフラーレン・テンセグリティモデルでも
テンセグリティモデルは物質の関係を抽象化し
もっとも純粋な機能を物質化しているのである。
テンセグリティとインテグリティ
自由に思考することは不可能である。
ーーー思考の構造が昨日までの知識の蓄積から形成されているかぎり
テンセグリティは
構造を自由に思考した結果発見されたのではなかった。
大気圏内における内部空間を拡張する
テクノロジーの探査の過程で発見されている。
マンハッタン計画に対抗した
反建築(アナキー)的なメタフィジックスへの
志向性から生まれている。
テンセグリティ構造とは
思考の構造さえも否定する
前例のない純粋な構造の物質化だったのである。
純粋な構造の物質化の過程には
社会規範からではない
宇宙に対する自己の誠実さ(integrity)を伴うにちがいない。
単純さについて
圧縮材には圧縮力だけが
張力材には張力だけが働くテンセグリティほど
単純な構造は存在しない。
ほとんど重さのない張力が
幾何学的な構造とパターンに
予測できない重さのない機能を
生成していることに気づくには
より単純さが求められる。
単純さとは
すでに統合された精神だからである。
浮遊するテンセグリティ
テンセグリティモデルから
構造に関するまったく新しい概念を発見できる。
しかし、テンセグリティ原理を認識するためには、
すべての古い構造の概念を捨て去ることが必要になる。
基礎に依存して自重をすべて大地に
流し続けていることを疑わない
古い構造の固有な概念を。
浮力や揚力を利用する船舶や航空機が
移動するために基礎部分をまったく持たないように
大気圏を浮遊可能なテンセグリティ構造は
人々を移動させるために存在している。
テンセグリティを浮遊させないで地上に係留する時も
より軽量で自律的でなければ安全ではないだろう。
テンセグリティは
バイオスフィア自体も
太陽系を軸回転しながら浮遊し
断層ネットワークがつねに振動していることを
前提にしたテクノロジーとして発展する。
風鈴
午後の静かな日陰の縁側に
吊り下げられたテンセグリティの共鳴する音に耳を傾ける。
微風で僅かに回転しながら振動するだけで
テンション材と空気が擦れ
そしてアルミパイプと共鳴しているのだ。
振動と共鳴の違いを
再現できるテンセグリティは
優れた風鈴だ。
やがて、その内部に
蜘蛛がもう一つの巣(web)を巡らすだろう。
続)テンセグリティのもう一つの機能
テンセグリティモデルの張力には
その制作者の張力に対する理解の履歴が明確に残されている。
テンセグリティモデルに直接触れなくとも
一瞥するだけでそれを感じとることができる。
そしてこのことに気づかせるのが
テンセグリティのもう一つの機能である。
テンセグリティエンジニアリングを
創り出す前に
それはすでに生成されている。
テンセグリティのもう一つの機能
テンセグリティの構造とパターンは明晰さにある。
テンセグリティの自律性に対する包括的理解は
あらゆる過去の思考に未だ変換できない直観に属している。
論理的思考力が過去の記憶と経験に根ざしているなら
その思考力はけっしてテンセグリティの明晰さを
もたらすことはできないだろう。
その思考は他人の教える知識に従った
他人に似た自己を複製する行為なのである。
このことに気づくことが
テンセグリティの本質的機能の一つなのである。