e・食・住(energy-food-shelter)」カテゴリーアーカイブ

満月の夜のシナジェティクス焚火

月が接近すると引力はより増大する。
そのことで、大気圏内のエコロジーが変わる。
満月の夜は、焚火がいい。

炉と煙突のない焚火は、閉鎖空間ではないと思われている。
だから、焚火から煙を減少させるためには
多くの酸素(または風)が必要だ。
同時に、多くの酸素によって急速に薪は消費される。

薪がより少なく、煙のより少ない焚火、つまり
ロケットストーブのように
吸気を引き込み、未燃焼ガスを二次燃焼させるという方法が
焚火にも応用できる。

つまり、流体が流れる経路に穴をあけると
そこから吸気を形成するというベルヌーイの原理は
焚火を無数の煙突がある一つの閉鎖空間に見立てることが出来る。

焚火に、明確な内部と外部が形成された時、
少ない薪でより長く、煙を減少させる焚火の方法が
より長い燃焼経路にあることが分かったのである。

より長い燃焼経路は、シナジェティクスの最密パッキングとその隙間の概念からやってくる。

この動力学的なシナジェティクス焚火も満月も
ともに互いに張力(=吸気)に変換された効果なのだ。
(この方法には発見と発明が共存する。)

濡れた薪や腐食しかけた倒木ですら燃える
シナジェティクス焚火は、緊急時の基本的な生存技術の一つである。
(ムービーなどで、共有すべきデザインサイエンスの基本技術でもある)

エコロジーの起源

科学で偽装したエコロジーは先験的主観性が決定的に不足している。
エコロジーの起源は、
ダーウィン一派の適者生存説を推進していた動物分類学の権威ヘッケルにより、
生物学の一専門分野として創設されたにすぎない。

直観はつねに先験的主観性を誘導する。
互いに離れていても。

貧困への統制力

政府開発援助(ODA)による貧困救済の贈与形態は
貧困化とテロの一原因であり、
あらゆる生産的で加速度的な富を超国家的企業による搾取によって
その富の格差、そして、
テクノロジーの固定化(主にダム建設などのインフラ整備)と拡散をもたらす。

こうようなIMF体制が得意とする贈与による統治は
みえない軍事力と緩慢な死(人口統制力)を強化している。

食料、エネルギー、シェルターへの
自立した生産力の加速度的な富は
つねに見せかけに終わる。

<クラウドナインズ>

宇宙ステーションが
無管、無線、無柱、無軌道からなるテクノロジーでしか生存できない同じ理由で
地球上の住居をデザインすることは可能だ。

トイレには外部に廃棄する配管がなく、
太陽の放射エネルギーと相互作用する包括的なエネルギー循環器が
すべての物質とエネルギーを制御し、
太陽の放射エネルギーを追尾しながら居住可能なバイオスフィアの大気圏内を浮遊する
最初の非軍事的な大気圏内部の動く宇宙ステーションとして
<クラウドナインズ>が理解されていない場合、
宇宙技術の一般化に関与していない短命で高価な住居を
もっぱら消費しているだけの
時代遅れの不動産に終わるだろう。

惑星地球における目的意識(know why)

e・食・住(energy-food-shelter)の3大生存要素を同時に供給する
モバイルシェルターというアーティファクトの実現には、
高価な材料や熟練した技術、エネルギー、多種多様な道具と作業場が不可欠である。

それに対する解決方法とその確立過程にこそ、
惑星地球におけるデザインサイエンスの目的意識(know why)がある。

生存可能な科学的方法

都市インフラに依存しない生存方法の執拗な欲求と
その方法を万人に共通のものにしようとするイデオロギーとの分裂は
デザインサイエンスには存在しない。

惑星地球以外の他の天体で人類が安全で経済的に生存できる科学的方法は
金融資本主義以上にまだ未完成である。

自律的生産性

現在の構造システムが形成する生活空間の構造的形態的課題は、
国家及びその許認可諸制度からの人間の解放ではなく、
国家とそれに結び付けられた個個人をその空間化の型から解放することだ。

数世紀間、人類に押し付けられてきた生活空間の型を拒否するための
エネルギーと食料の自律的生産性によって
はじめて形成される主体性の新たな形式を促進していくことにちがいない。

自律的生産性は、太陽光と微生物群との共生に深く関与している。

仕事と職業

人類は、発明し、実行し、新しい仕事を考案し、
それらに挑戦することで加速度的な変容を確実に遂げてきたならば、
大多数の人々は、何故、つねに判断し、評価し、
人が羨むほどにすでに決まった職業ばかりを
探しているのだろうか。

仕事と職業が分離できないほど
発明し、実行し、新しい仕事を考案するための
場所と時間を奪われているにちがいない。

そして、生活費を稼ぐためにただ生きているだけである。
———–加速度的な変容の内部にいながら。